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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2010/03/06(Sat)

(No.44) 「五常の道」を経営に活用せよ -その1-

  「五常の道」とは“人間として守るべき、また実践すべき徳目”のことです。 まずはリーダー・指導者・経営者たる人間が是非とも備えるべき「5つの徳目」のことであります。 「徳(人間性」という基礎を固めてから「才(知識や技能」を運用することが大切で、順序があり「徳」と「才」のバランスが大切なのです。逆らうといつか必ず支障が出て、行き詰まってしまいます。

 まず、己を修め養ってから、次に人や部下を治める、また統率し経営することが重要になります。 有名な「修己治人」の教えです。 素直な気持ちでルールや「道」を知って実践する時に「徳」となります。「」とは行動を伴うもので、合わせて「道徳」と言います。

 そもそも、成人学(人と成る学・立派な人間、社会人になる学)は、「人間学」と「時務学」の二つに分類されます。

 人と成るためには、どうしても基本となる学問、あるいは教育を受けることが必要です。単に成人式を迎え、大人(オトナ)になるには努力は不要ですが、その様な立派な人と成る学を特に「人間学」と呼んでいます。

 これに対し知識や技術を身に付ける学問を「時務学」と言います。普通「じむ」というと「事務」と書きますが、これは「時」を書いて「時務」と言います。本と末という点からすると「人間学」が本で「時務学」は末になります。本学があってこその末学であることを忘れてはいけません。

 ただし、「時務学」は末であると言っても、知識・技術というものは、まさに日進月歩で、軽視できず、企業を経営する上においても常に新しいものを吸収していかなければなりません。その時の務めを果たす上において「時務学」は重要なものであります。 

 また、「人間学」の中心になるのは道徳と習慣であります。社会人としての根本であり、ベースになるものです。「時務学」の中心は、先述した通り、知識と技術であります。ちなみに「経営学」は「時務学」の一つであります。

 本日のテーマは「人間学」の領域で、道徳、徳性、五つの徳目について述べていきたいと思います。
 
 人は誰でも、生誕と同時に「徳」を授かって生まれてきます。 “人間・人生で最高の目標は「徳」を養うこと”と言われています。(No.3参照) また、そこに至るには、まず「仁者」たれと教えられています。

 では、まず“五常”とは何を指して言うのか、体系を示したいと思います。

  第1の徳目・・・・「
  第2の徳目・・・・「
  第3の徳目・・・・「
  第4の徳目・・・・「
  第5の徳目・・・・「

 以上の5項目、「5つの徳目」のことを“五常”と呼んでいます。「仁・義・礼・智・信」、「あっ、この言葉は、いつか昔、本や映画やテレビで聞いたことがあり、見たことがある」と感じられると思われます。そうです日本人には、なじみの深い大昔からある教えであります。

 一つずつ解説していくことにします。
 
まず第1の徳目 「」 について

 「仁」とは、他を思いやる心情です。集団生活の基本となる徳目です。人間関係、特に相手の立場を重んじる、思いやる心的態度です。他を慈しむ、可愛がる心のことです。「」(キリスト教)と「慈悲」(仏教)と同じ感情のものです。

 「仁」の字は「人」の右に「二」と書き、二人の間に通じる心の意で一体感のこと、また“出会いを大切にし愛する心を持つ”という意味です。人間社会は複数の人々で構成されています。 故に人間は常に「孤にあらずして群である」ということを「仁」の字は教えているのです。

 「仁」は儒教の根本徳目とされています。孔子の教えの真髄で根本思想で原点であります。 「仁」は「人の道」の根本で全ての教えは、ただの一文字「仁」から発生し始まると教えています。

 次に「仁」は、忠」と「恕」の二つで成り立っていると述べています。 「」とは、自分自身に対する感情で自分を欺かず、全力投球し忠実に務めることです。 “良心”を偽らないことを「忠」といいます。組織においては上司や社長などへ対する気持ちに通じていくものです。

 「」とは、他人に対する気持ちで、他人への思いやり、我の如く相手を思う心のことで、慈愛の情(慈しみ愛する)、仁愛の心(思いやりのある愛)、惻隠の情(相手の痛みを感じる心)など、相手を許す寛大な心が「恕」であります。 父母・祖父母・妻・夫・子・孫・兄弟姉妹・親戚・友人・知人・師他、地域一般の人々に対する気持ちに通じていくものです。

 また、経営に関するステークホルダーの方々に対する気持ちに通じていきます。ステークホルダーとは、仕入先・得意先・お客様・社員とその家族・上司部下・経営者・その他の多くの利害関係者のことです。

 最後に、第1の徳目の「仁」と「忠」・「恕」これらは、経営や事業にとって、なくてはならない、決して軽んじてはいけない重要徳目の一つであることが理解されたことと思います

 部下や組織全体に一気に求めたいところですが、まずはトップ・リーダー・社長から身に付けるべき徳目なのであります。

  次回に続きます。
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2010/03/13(Sat)

(No.45) 「五常の道」を経営に活用せよ -その2-

 第2の徳目 「」 について

 「義」とは人間の行為のうちで“万人によって良いとされるところのもの”で、人間としての“正しい道”をいいます。 また、集団生活に欠かせない社会的規範規則で、それに反することを「不義」といいます。「不義」であっても法律の様に罰則はありませんが、法制化された部分はコンプライアンスが叫ばれています。

 「義」とは「我」と「羊」の合成字で、「我」という「のこ」を持って「羊」の肉を切り、正しいもの偽りの無いものを神に供えるという意味です。天に対して、社会に対して、決して背くことのできない厳粛な道理、これが「義」なのです。「義」は日常の生活や仕事と切り離すことができない大切なものです。「正義」「道義」「大義」に適(かな)うことです。

 「義」がベースとなって生み出すものが後述しますが、第5の徳目の「」であります。 論語の中に、「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る」(里仁第四)との有名な言葉があります。 経営者にとって「利」は必要で大いに欲しいものでありますが、“「利」を見ては「義」を思うこと”が大切であります。

 それは物事の判断の基準は、「義」が正しいのですが、一番厄介で問題なのは「利」という心、つまり自分の欲望・私利私欲であります。これが“志”の害となりやすいのです。 その「利」が「義」にかなったものであるかどうかを、よく考えて見ることが大切になります。

 「義利の弁」をわきまえると言い、重要な判断をされる時の尺度にされると良いでしょう。 私利私欲が勝ち出すと、どうしても世のため、人のためという“志や理念”から離れがちになります。 だから「利を見ては義を思う」ことが大事だと教えています。“利と義が一致するほど真の利である”ということも忘れてはいけません。

 ところが、現在の世の中、これとは逆のことばかりが起きています。 実名は控えますが、食品汚染、賞味・消費期限の偽装、生産地の虚偽記載、食べ残しの使い回し、建築設計の偽装などは、氷山の一角で数え切れません。

 「小人は利に喩る」とは良く言ったものであります。 「義」を思う人がいなくなったのかの感じがします。残念で仕方ありません。 「義」と「利」は、まさに人間を君子にさせるか、小人にさせるかの分岐点であります。
 
 繰り返しますが、「君子(社長・トップ・リーダー)は義に喩る」であります。また、「利によりて行えば怨み多し」(里仁第四)とも言っています。その教えの通りで、現実の世界でも全くその通りになっています。

 「不義」を実行したために、また「利」に喩り、「利」に重きを置いて、「義」を無視した結果、“企業の最大の宝”である“社会的信用”が一夜、一瞬にして失墜し、企業は破綻するのです。 いかに「不義」が恐ろしいものであるか、身が震える程であります。

 第2の徳目である「」について述べましたが、第1の徳目の「仁」と同様に「義」という徳目は企業経営にとって絶対無視してはいけない必須の徳目であると理解して頂きたいと思います。

 「経営学」も大事ですが「人間学」を学ばずに経営をすると、うまく行かないのであります。 両方は車の両輪と同じで、片方のみでは前に進めないのであります。(当コラムNo.26参照)

 次回に続きます。
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2010/03/20(Sat)

(No.46) 「五常の道」を経営に活用せよ -その3-

 第3の徳目 「」 について

 人間関係の根本にあるのが「礼」です。 「礼」は「示(神の意味)」に「豊」と書き、「禮」が、もとの字で、神にお供えする物を捧げる意がありました。
 
 そういうことから「礼」とは、集団たる全体と、全体を構成する部分、あるいは部分と部分の間にある秩序、調和を保つ働きを言います。
 
 又、その社会で習慣化されている敬意表現の規範的形式です。「礼」とは第1徳目の「仁」が形となって外に現われたもので、本質的には「仁」と同じで、「仁」は心の中のもの、「礼」は外に現われたものです。「礼節」をわきまえることです。

 具体的には次の5項目に分かれていきます。 「敬」「謝」「謙」「譲」「和」です。一つずつ見ていきましょう。

 ①「」・・・・他人を“敬い”、自分を“慎む”のが「敬」の心です。自分の心をもって自分を引き締め、そして相手を敬うことです。

 年令や、職業、その時の肩書き等で人を決めつけたり、見下したりしてはいけません。父母、無数の先祖(27代さかのぼれば1億人を突破します)、兄弟姉妹、人生の先輩、師、上司、社長、お世話になった人々などに対する気持ちです。

 それらの沢山の恩に気付く感性が必要でしょう。人間はバラバラのようですが、深い所で、みんな繋がって生きているのです。相互依存の関係で互いに生かされて、生きているのです。 この「敬」は、現代社会ではもはや失われた、もしくは、乱れていると言われているテーマです。

 ②「」・・・・感謝する。お礼を述べる。謝る(謝罪、陳謝)。物をギフトで贈る。頭を下げたり手を握るなど体で表現する。心がこもっているのが条件ですが、心が存在しない、心のこもっていないお礼を“虚礼”といいます。徹底的に感謝することを勧めます。

 ③「」・・・・へりくだる、控え目にすることです。謙虚であり謙遜することです。「実る程、頭を垂れる稲穂かな」ともいいますが、人間は自信が付き、順調に成長発展すると自信過剰になり、段々と“傲慢”な心が芽生え、人の意見を聞かなくなり、人が離れていき、経営者であれば会社は衰退し、最悪時は破綻滅亡していきます。

 ですから、「謙」の徳を備えていない社長は要注意であります。「事業の大病は、ただただ、これ傲の一文字なり」と戒められてます(王陽明の伝習録)。常に絶対謙虚を勧めます。

 ④「」・・・・主張を譲る、行動を控え目にすることです。(譲歩、謙譲)又、物や地位や権利、権限を他に譲ることです。(譲渡、譲位、権限委譲)

 獲得する(take)より、ゆずり与えるgive)の意です。「奪い合えば戦争、ゆずり合えば平和」との言葉もあります。いざとなったら、私利私欲が邪魔をします。ここが一番難しいのです。 この項目も現代では、失われつつある、忘れられつつある項目の一つであります。自己中心、損得中心、物質主義の蔓延の結果です。

 ⑤「」・・・・おだやか、のどか、仲良くしようの意です。(和気、温和、調和)家庭、職場、顧客との人間関係などで実現して下さい。特に挨拶は基本になります。目を見て、目と目を合わせて挨拶するのが礼儀です。

 最後にまとめますと、「礼」にはエチケットやマナーという一般的な意味もありますが、より大切なのは、「礼」によって組織全体の調和と安定がもたらされるという点です。例えば会社組織を考えますと、そこには様々な年令や性別の人間が混在しています。

 又、一方では常に利害関係が存在しています。こうした複雑な状況にあって、「礼」というものが欠けていれば、組織は決して円滑に機能していきません。
 
 従って、「礼」は経営を司る者にとって絶対に欠かせない重要な徳目なのです。「礼」を欠いたリーダーには集団をまとめることも、引っ張っていくこともできないことを理解して下さい

 礼節をわきまえることは、リーダーの必須条件の一つであります。

 次回に続きます。
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2010/03/27(Sat)

(No.47) 「五常の道」を経営に活用せよ -その4-

 第4の徳目 「」 について

 現在から未来への物事や人生を創造していく源泉になるのが「智」の徳です。 智惠智慧の「智」です。「知識」「見識」「胆識」へと段階があり、成熟させないといけません。

 「知識」とは、物事を単に知っている状態です。ペーパー知識ではなく体験知識まで深め、自分の血肉にして下さい。 「見識」とは、社会体験が加わって善悪の判断ができる状態です。 「胆識」とは、勇気ある実行力を伴った「見識」のことです。

「見識」のある人は多いが、「胆識」のある人は少ないと言われます。 経営は実践行動科学と言われ、いかに実行力が大切であり、また実践行動がいかに難しいかを示唆しているものであります。“知行合一”といわれます。“本当に知るとは必ず実行が伴う”の意です。

 では、「胆識」を身に付けるにはどうすれば良いのでしょうか?それは、私淑する(秘かに師事する)人物を持ち事上磨錬(じじょうまれん)することです。実際の事象に当って精神を錬磨することを事上磨錬といいます。つまり、常に古典などの書物を深く読み続け、私淑する人物を発見することが重要になります。

 そこに古典を学ぶ、「人間学」を学ぶ最も高貴な意義があるのです。読書は簡単そうですが、習慣にしなければ三日坊主になりがちで一朝一夕にはいかないようです。継続は力なりです。 (当コラムNo.41と関連)。

 最後の第5の徳目 「 について

 人間社会の中では、それぞれの人間の間で一貫して変わらない「不変の徳」が必要なのです。その「不変の徳」のことを「信」といいます。人間の間で嘘や偽りがあったとしたら全てが狂ってしまいます。だから「不変の徳」がなければ人間社会が成り立たないのです。

 「信」は常に意識はされないと思いますが、人間社会存立の基盤であります。「信」が失われたら社会は崩壊します。親子、兄弟、夫婦、友人、経営陣と社員、企業とお客様、仕入先、銀行など事業経営でも政治でも国と国でも同じであります。
 
 政治では“信を問う”という言葉もよく使われています。「不信」では絶対みんな生きていけないのです。いわんや経営などもってのほかです。「不信」では経営は成り立ちません。
 
 従って約束を守ること。嘘を言わないこと。正直であること。要領や策やテクニックを弄しないこと。「信義」(約束を守り義務を果たすこと)を守り、「誠」を尽くし貫くことが重要になります。

 「」は第2の徳目の「」(人間として正しい道)がベースになって生み出された徳目です。「義」と関連し、つながっている徳目なのです。又、「信」とは、“信用”や“信頼”のことです。人や組織、企業と付き合うべきか否か?を決定する際の物差しになります。

」は、“商売の原点”とも言われています。(当コラム№29参照) 企業の最大の宝は、お金ではなく、人が創り出す無形の“社会的信用”であります。企業・会社・社長にとって最大の宝なのです。将来の黄金の卵を生み出す宝であります。

 無視したら絶対にいけません。もし些細な事であってもトラブルが発生したならば、即、手を打たないと将来必ず後悔します。一旦信用失墜したら命取りにもなりかねません。 回復するのも相当な時間がかかり、非常に困難でお金なんかでは決して買えるものではありません。どうか皆さん大切になさって下さい。

 長編の経営コラムでしたが、経営にとって、経営者・トップ・リーダーや指導者にとって、絶対避けては通れない大事な大事な「五常の道」の解説を致しました。 大いに実務でご活用いただきたいと念じながら筆を置くことにします。ありがとうございました。 (当コラム№26参照)

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