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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2010/09/04(Sat)

(No.70) あなたの会社の「組織風土」は好ましいものと言えますか?      -その5-

 最後、⑤の“高い欲求水準”を保つということを説明します。
 
   今どんなに好ましい状態にあろうとも、その状態に満足することなく、常に自己を律しながら、もっと素晴らしい状態を獲得していこうとする欲望や情熱のことであります。

 その様な欲望や情熱が鮮明に意識され、その実現の可能性が明確になればなるほど、困難に妥協せず、粘り強く行動したり根気強く物事を追求していこうとする姿勢が引き出されていくものです。
 
  その為には、個々人の欲求を喚起させること、組織の中で欲求を実現していく方向を明らかにすること、欲求を更新し高めていくこと、「人生は長いように思われてるが、短いもので、また一回限りで二度とない」ことを身にしみるまで教えることです。
 また各人の志を確乎たるものにすることや人生計画を立てさせることなどが有効でしょう。人間の最高次の欲求である「自己実現の欲求」を教え導いて一緒に考えてあげることなどが大切になるでしょう。

 「この広い世界でたった一人しかいない私 たった一回しかない人生で 本当に自分というものを生かさなければ この世に生まれてきた甲斐がないじゃないか そうだ どこまでやれるか 実現できるか チャレンジしてみよう」
と、この様な言葉を繰り返し唱えることが、欲求を常に高める助けになると思います。

 「人間というものは、情熱を失わない間だけが真に生きていると言って良い。内面的な情熱が枯渇した時は、すなわち生命が萎縮した時である」 また、「年を重ねるだけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。情熱を失う時に精神はしぼむ」とも古人は寸言を残しています。

 意味することは、心に年をとらせてはいけない。常に青春であれ、すると、ものの見方・考え方が若々しくなっていき、希望がいつも湧いてくると戒めていると思います。

 最後に整理し、まとめることに致します。どの様な企業にも、自社独自の「組織風土」が形成されています。これまでの“5つの要素”についての説明を読まれて、自社に形成されている「組織風土」について、現状認識する基準は、ご理解されたものと推察いたします。
 
  もし「うちの会社はこの要素については、まだまだだなあ」とか、「すごく弱い要素である」とか、「この点は非常に好ましくなく、問題が大きい」などの気づきが生じ、経営課題として、認識されましたら、明日からでも、より好ましい「組織風土」へと改善なさって下さい。
 
  その為には実践行動プランを策定され、確実に実践なさることを、心から提言致します。
その理由は、いかに将来に向けた「経営戦略」を立案し保有されていても、その組織に「好ましい組織風土」が存在しないと、戦略の遂行や実現は徒労に終り難しいからであります。

 「経営戦略と組織風土は企業の存続と発展の2大要件」であり、車の両輪であります。両者のどちらが欠けても前には一歩も進まないことを充分に承知なさって下さい。両者の優劣は付けにくいものであり、それほど企業経営にとっては2つともに重要なテーマであるのです。

 以上5編にわたっての長い経営コラムでありましたが、根気よくお付き合い頂き誠に有難うございました。何かひとつでも参考やヒントになさり経営改善の一助にされんことを心の底から願いながら筆を置くことに致します。

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2010/09/11(Sat)

(No.71) 「財」の根本は上に立つ者の「徳」

 論語の有名な一文に「徳は孤ならず必ず隣あり」(当コラム№3参照)とあります。
 また、中村天風氏の「どこまでもまず人間をつくれ。それから後が経営であり事業である」(当コラム№6参照)との教えも残っております。
 この二つの名言は同じ意味のことを示しています。どの様な意味を含んでいるのかについて考えてみましょう。

 一般の企業や会社をイメージしながら考えてみたいと思います。
 まず、社長が人間的に立派であり、徳のある人がトップや社長であれば、世間ではその評判を聞きつけて、その会社に良い人材が集まってくるのです。これは徳のある人は孤立することがなく必ず共鳴する人が現れ、共時性(シンクロニシティという)が働き、社外から良い人が集まり好循環の結果につながっていくのです
 
 このことが「徳は孤ならず必ず隣あり」の意味していることであります。
 
 次に良い人材が集まってくればどうなるのか。その会社では工場や店舗や営業所などの組織が充実していきます。すなわち、生産機能や販売機能が充実し、自ずから生産力や販売力が高まり、売上拡大や成長が続き、財を増やしていけるのです。

 また、財が生じ増加していけば、これをいろんな働きに用いることができます。経営では投資といいます。この投資が良循環していき、回収にまわり売上や収益の拡大が生じていきます。つまり成長軌道に乗っていくため、その後も投資回収、投資回収と成長発展が継続できるのです。

 この財を生むものは何か。究極的には企業や会社では経営者の徳であるということができます。この根本を考えずに、ただ売上や利益すなわち財だけを追求するのみでは最後は争いや人心の荒廃が進み、最悪では破綻しか残らないということになります。いかにトップの徳がキーポイントなのかが理解して頂けると思います。

 整理してまとめてみますと、上に立つ人、社長の徳が本であり、財は末であるという関係が成り立ちます。逆に説明しますと、財(末)の根本は、上に立つ者の徳(本)であるといえるのです。中国古典には、「徳は事業の基なり」(菜根譚)とも教えています。事業を発展させる基礎になるのはその人の徳であるとの意味なのです。

 外から良い人材が集まってくれば、内部では部下や若い人々の徳性教育ができ、人を育て人をつくっていくことができます。また、外部との人間関係もスムーズに運ぶため良循環・好循環が続いていくのです。

 まさに「物をつくる前に人をつくる」で有名な松下幸之助氏の言葉が思い出されます。(当コラム№6参照)
前述の「どこまでもまず人間をつくれ。それから後が経営であり事業である」との戒めが、いかに経営の本質をついた言葉か、を知ることができるものです。

 その様な考えは古い古い、現代の経営ではそんなことは当てはまらないとお考えの方も多いでしょうが、倒産企業や衰退企業の実例からいいますと、ずばり当てはまる例が多いのも事実であります。

 単に業界の知識に精通しているのでとか、営業経験が長く得意先を沢山かかえていたから、独立しても自信がある。または、多少なりとも経営学を学んだので、経営に関しては全般的な知識は身についているので役員に抜擢されたがうまくいくだろう。

 などの甘い認識で経営に携わりますと、いつかは人間学を学ばなかったツケが次から次へと露呈していきます。宿題は必ず後から追っかけてくるものです。手抜きは許されないのです。経営とはそんなに甘いものではないのです。

 人間学が本で経営学が末であります。が備わっていてこそが生かされるのです。両者は車の両輪でどちらが欠けても前へは進めないのです。(当コラム№26参照)バランス良く力をつけていって下さい。時間をかけて一歩ずつです。

 人間学(経営思想)と経営学(経営技術)の両面を探求していけば良いのです。(当コラム№42参照)
 「経営者の運命を良くする7か条」(当コラム№27参照)で述べましたが「よく学び働く人・勤勉な人」でないと器が大きくならないために永続は難しい様であります。私を含め経営に携わっておられる方々、心したいものであります。

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2010/09/18(Sat)

(No.72) 倒産に至る根本の原因は一体何なのか? (1/2)

 経営を体験しますと知識や知恵もつき、才覚も芽生えていきます。時間が経てば経営の怖さも体験します。怖さを知れば謙虚さが身についていきます。謙虚になれば人間としての器量(知識技術で才のこと)と度量(人間性や心の広さで徳のこと)がついていきます。この人間的度量で経営を行なって下さい。
 
 事業や会社経営とは、こんなにも奥が深い深いものであります。知識技術才能だけでは決してうまくは出来ないものです。それらは、人より少々劣っていても大丈夫であります。テクニックや策を弄するだけでは、永続や長期的繁栄は無理であります。経営は手品ではありません。マジックの様にはいきません。

 経営で一番怖いのは今回のテーマである倒産です。直接的には、不渡りや資金ショートで倒産が発生します。が、ずっと以前から兆候・予兆の信号が何回も何回も点滅します。皆さん成功する経営をして頂きたいですが、その前に失敗しない経営をつかんで下さい。その為には、倒産を研究し他人の失敗や過ちに学び、現実の経営に活かすことが近道なのです。

 ①まず倒産が芽生える時期やプロセスについて考えてみます。ほとんどの事例で言えることは、「順調の時に失敗の種を蒔いている」と同時に「自分の落とし穴を、社長は、自ら掘っている」また、社長が自分で本当の自分が見えなくなり、「裸の王様」になっていくと危ないです。いつかは倒産が待っています。

 ②次に、倒産の根本的原因について考えてみます。一番本質の原因は、社長の人間性である“傲慢さ”(おごり高ぶり、人を侮り、人の意見を聞かないこと)と、経営能力に対する“自信過剰”です。「事業の大病は、ただただ、これ“傲”の一文字なり」(王陽明、伝習録より)との戒めの言葉もあります。古今東西を問わず、破れた者の全ての原因は傲病であります。歴史に学びましょう。
  
 中小企業では、経営の良否は、95%ほとんど社長一人で決まります。経営の本質と根本は、社長の人柄と社長の人間性であります。知識・技術・才能より重要な要素です。経営の体質の6項目(当コラム№59参照)も重要な要素ではありますが、人間性のその次に重要な2番目の要素とお考え下さい。

 ③番目に、倒産の結果と教訓について考えてみましょう。会社は倒産破綻します。従業員は解雇・失業・離散します。その他多くの関係先に、多大な迷惑をかけてしまいます。罪をつくります。喜ぶ人は誰一人としていません。
 
 「亢龍(降り龍で社長のこと)悔い有りです」(易経)。泣いても後悔してもすでに手遅れです。「夏にいて冬を忘れるな。存して亡ぶるを忘れず。順境にあって逆を思え」と古典は教えています。どんなに順調であっても絶対に謙虚さを忘れてはならないとの教訓を残してくれています。

 ④番目に、倒産の回避策と予防について考えてみましょう。持つべきは、社内社外の参謀や師匠です。また、「社長が人間観を確立することと、天地自然の理法や哲理を把握すること」が、基本中の基本であり、社長にとって最も重要な点になります。その為には、聖賢の書などに私淑(秘かに学ぶこと)するか、自分と縁があり、師と仰げる人に親炙(親しく接することで感化を受けること)することです。
 
 「どこまでも、まず人間をつくれ。それから後が経営であり事業である」(中村天風氏)との箴言(教訓戒めとなる言葉)もあります。

 経営者として「経営学」を身につけるだけでは不十分で、人間としての「人間学」を学び、人格と身心を磨くことが重要なのです。「人間学」と「経営学」は車の両輪(当コラム№26参照)で、どちらも大切で優劣はつけがたい関係であります。

(次回に続きます)
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2010/09/25(Sat)

(No.73) 倒産に至る根本の原因は一体何なのか? (2/2)

 ⑤番目に、社長の今後の経営姿勢と経営観について考えてみましょう。

 「経営の基礎に“人間の道”があってこそ盤石である」(中国古典「大学」より)とあります。これは経営者としての特別な生き方があるのではなく、経営者である前に人間であることを決して忘れてはいけないと言っているのです。一人の人間として確立していないとだめですよと言っているのです。
 
 そもそも社長やリーダーの位置におられる方は人間として立派でないと、人や部下はついてこないものです。「面従腹背」か?「心服随従」か?この二つは、顔で従ったふりをして腹では背いた心を持っているか、心の底から尊敬して従っているか、を意味する熟語です。当然ですが、社長やリーダーの方は、尊敬され、信頼される人間づくりが重要でしょう

 一般的に現代人の多くは、世の中の変化のスピードや社会の複雑化に惑わされ、過激な刺激や情報にただ反応しているだけで、自分というものを見失っている様に思われます。

 「目先のみ、自分のみ、損得のみ」の人間の物差し3拍子が中心で生活しています。これを続けますといつかは行き詰まりが露呈していきます。また、経営判断の物差しも、この3拍子が中心となっているものが少なくありません。
 
 今後は、自分というものを深く深く掘り下げて根を深くすることが肝腎であります。その結果、自然に上に上に伸びていくことができます。目に見えない根を養うことなのです。「人間学」の中に「経営学」は含まれています。また、「人間力」の中に「経営力」や「仕事力」も含まれていますから、「人間力」を高めると「経営力」や「仕事力」も自然に力をつけていけるのです。自然の樹木の成長と何ら変わりはありません。同じことなのです。人間も宇宙天地自然の一構成物で本質は同一のものなのです。

 天地自然の理法(真理)に従って生きなければなりません。この理法に反したり、無視した言動では悩んだり失敗したりする様になっているのです。真理に反すればいつか必ず行き詰まり滅びるのです。(当コラムNo.13・No.15参照)このことが④で述べた「天地自然の理法や哲理を把握する」ことの意味であります。

 最後⑥番目に、私の本業を通しての反省をまとめてみます。

 私も上に上に伸びよう伸びようと、知識・技術を身につけるために努力して参りました。本来、私達には業績面の早期伸展をクライアントから望まれるために、仕方のない面もありました。が、経営コンサルタントの業歴30年を通して初めて経営の本質に気づくことができました。
 
 「経営学」の指導だけでは、知識・技術・テクニックに偏ってしまい、これらの要素だけでは長期的視点で眺めればうまく行かない、不足するのだと気づきを与えられました。私も若かったからでしょうが、一所懸命、指導業務に励み、経営会議・役員会議に参画し、中期経営計画を討議しながら経営戦略をおり込み、立案し、計画通りに実行がなされているのかをレビューし、幹部をフォローし、その結果、各社の年商も20億、30億、50億、70億、100億とそれぞれ、ある程度の規模までは伸長していきました。その過程で喜びも嬉しさもまた、生き甲斐、やり甲斐も向上し各社のクライアント様と一体になって喜びを感じて来たものであります。

 しかしながら、過去を振り返って見ますと、やっぱり基本の部である「人間学」を基礎に据えた指導をしないと企業は永続的な成長が難しいのが悟れました。 時代背景や環境が激変しているのも、影響してるとは思いますが・・・・。私がプロとして指導しなかったのではなくて、私の力量不足のために「人間学」領域の深い指導が出来なかったのであります。

 要は、私自身が「経営学」を懸命に学び、「経営学」に重心を置きすぎて努力不足の結果、人間ができていなかったために、「人間学」領域の指導ができなかったのであります。今思えば反省することばかりであります。

 過去を振り返れば私は、20年ぐらい前から古典に興味を持ち、読書を続けていたのが効を奏したのでしょうか?人生の体験を重ねて還暦を過ぎてから、やっと人間とは?人生とは?経営とは?事業とは?永続とは?などが、少し分かってまいりました。

 まだまだ修養中の身で半人前の人間ですが、今の指導スタイルは「経営学」より「人間学」に重心を置いたスタイルに変化致しております。その理由は前述のごとく「人間力」を高めれば、自然に「経営力」や「仕事力」も身につき業績も向上するのを実感として感じているからであります。いつから切り替えたのかとのご質問には答えにくいものですが、自分自身の心や意識の中では信念まで高まった指導スタイルであります。

 大切なことは、経営か人間かの一方に偏らないバランス感覚ということでしょう

 倒産というテーマで書きすすめ、私自身の恥をさらす結果になり申し訳なく思います。社長様方に長期的視点に立って、尊大とは存じましたが、絶対に倒産を回避して頂きたいとの一念で、ご提言申し上げた次第であります。

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