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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2011/02/05(Sat)

(No.92) 人間とはどの様な欲望や欲求を持っているのか?(1/3)

 人間とは欲の塊と言われます。また我々は無限の欲求を持って生きています。
本能的肉体的な欲から始まり、それらが満たされると次から次へと、物質的、精神的なものへと高じていきます。これは自己保存や種族保存の本能に根差すもので、その意味からは人間社会も欲を達成するために一種の生存競争を毎日戦っている世界だと言えるでしょう。

 例えば食欲、性欲、睡眠欲を基本として人並優れた衣食住を願い、その他には名声欲、財産欲、知能(識)欲、権力欲などを持っているのが人間であります。他人より勝りたい、優秀でいたいという欲望である、優勢勝他の本能が奥に潜んでいるため、自己の防衛本能や自己を顕示したい欲などが芽生えていきます。

 ところで、経営活動は人間が主体で行ない人間を対象とした営みでありますから、人間はどの様な欲望や欲求や願いを持っているかを知り、経営に活用するのも大切な視点であります。
 以下に、3つの項目に分けて説明していきたいと思います。

 まず一番目として、人間の“五願”と人間の“四求(しぐ)”について。
“五願”とは何かを説明しますと、

  ①功名(功績と名声、手柄を立てて名を上げたい、有名になりたい)
  ②富(収入や財産)
  ③貴(高い地位)
  ④寿考(長寿)
  ⑤子孫(子孫の繁栄)の五つの願いの事を表しています。

 次に“四求”とは何かを説明しますと、
  ①愛されたい(愛を与える施愛でなく、愛されたいという求愛のこと)
  ②褒められたい
  ③認められたい
  ④役に立ちたい(相手に喜ばれたい)

という四項目で、こちらから働きかける能動でなく他人から行為を待っている受動的な求めを示したものです。人間の精神面というか心理面の欲求を表現したものでしょう。

 実際の経営活動で部下を気持ち良く動かそう、仕事をしていただこうと願うなら、“五願”より“四求”の方が活用範囲が広いと思われます。経営活動では、金銭や時間の待遇面、職位地位や権限や責任の与え方、仕事そのものに対するやりがいや、仕事の成果や評価などの項目が、“四求”の内容と連動していると思われます。実務で応用なさって下さい。

 次に二番目として、人間の欲望を体系化した五大本能的衝動論」をご紹介したいと思います。その前に“本能”とは動物や人間が教えられたものではなく生まれつき持っている性質や能力のことです。“衝動”とは、なぜ何のためにするのか自分でも分からずに発作的に行動する心の動きといわれます。また衝動とは人間独自的な欲望のことで動物にはないといわれています。
 
 以下に一つずつ説明致します。

 ①「生存本能」です。飢えを恐れる気持ち、死にたくない、生きていたいという生命の根本的な本能です。卑近な例で申し訳ありませんが、金持ちや地位の高い人が、めぐまれない人よりも魅力的に見えるのは、この本能のためです。お金や物を与える人や与えそうな雰囲気のある人に強く引かれることになります。

 ②「群居衝動」です。孤独を恐れる気持ちです。人はなかなか一人では生きていけません。群れになって生きようとする衝動です。誰か仲間を求めるのです。話し相手が欲しい、そのために群居して生きようとします。友人を作ったり恋人を作ったり、グループを作ったりするのもこの衝動があるからでしょう。

 ③「自己重要感」です。私は人より偉いんだと思いたがる衝動です。人は生まれながらにして優勢勝他の本能があり、他人より優りたい有能であるという証拠を自分に確認したいという本能的衝動を持っています。

 それ故に人は他人と競争しそれに勝ち優越の快感を味わいたがるものです。人に認められたい、他人によって自己重要感の充足を欲するのです。自己優越の喜びです。最も強力で制御しにくいものといわれます。我々は常に面子やプライドを失う恐怖心(感)におののき他人によって自己重要感の充足を与えてもらうことを欲しています。
 
 事業や経営で成功しようとするなら、この衝動「自己重要感」を理解し研究せよと言われています。お客様が有名ブランドや高級ブランド等を購入する時の心理はこれであることが多いのも事実であります。

 ④「性欲」です。子孫を残そうとする本能です。異性にもてたいとか人間は動物と違って、他の欲望と絡み合ってる欲望でもあります。

 ⑤「好奇心」という衝動です。肉体は食物をとることで栄養補給し生存本能を維持します。精神の方は情報をもってこの栄養補給をしようとします。もっと知りたいという欲求が好奇心です。もっと深く広く知りたいという知的欲求も含まれるでしょう。
 
 生命力はこの好奇心がある限りなかなか衰えません。人間が興味を失う、好奇心を失うということは肉体的にも老いるということになるでしょう。

(次回に続きます)
 
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2011/02/12(Sat)

(No.93) 人間とはどの様な欲望や欲求を持っているのか?(2/3)

 次に三番目として、A・Hマズロー(1908-1970)の「欲求五段階説」をご紹介したいと思います。米国人で心理学の大巨人と称された人の世界的に有名な理論です。
 
 低次の欲求から高次の欲求へと五段階にまとめられた説で、低次の欲求が満たされないと次の高い欲求へと高まらないと研究の成果を世に発表しました。

 また、低次の欲求が欠如すると人間はそれを満たそうとして行動する。しかしその欲求が一旦満たされると、その同じ欲求に基づく行動は続けては起こりにくいと発表しました。時間の経過とともに上に行ったり下に行ったりするとの説であります。

 この理論を実務で活用する際には、現在の自分は、また周りの人々や部下や上司はどの欲求レベルの状態なのかを観察する際の物差しや尺度になると思います。その人を違った角度から眺めることができて参考になるかもしれません。以下に説明していきます。
 
 低次の欲求から高次へと順に説明していきます。

 ①基本的欲求(生理的欲求、生存の欲求とも呼ばれます) 衣食住、食欲、性欲、排泄、睡眠など肉体に関するもので物質的で個人の私的な事柄に関する欲求です。

 ②安全の欲求 暴力や危険、災害などから逃れたい欲求です。安定した仕事につき収入を得たい、預貯金をして将来に備えたい、万一に備えて生命保険や損害保険に加入するなどの行為が該当します。これも個人の私的な事柄に関する欲求です。

 ③親和の欲求(社会的欲求とも呼ばれます) 精神的で対他人の欲求です。集団に属したい、グループに入りたい、友人や恋人をつくる、仲間を欲しがるなど他人に対する欲求、他人に所属したい欲求、愛を与えたい(施愛)、愛を受けたい(求愛)欲求です。先述(経営コラム№92)の群居衝動と同じものといえます。

 ④自己顕示の欲求(自我の欲求とも呼ばれます) 精神的で対他人の欲求です。自分を認めて欲しい、自分を正しく評価して欲しい、他人から尊敬されたい欲求、個人的価値や能力や地位を認めて欲しい尊敬して欲しい、賛美して欲しい、承認して欲しい欲求です。企業内での出世欲などはこれに当たるでしょう。

 ⑤自己実現の欲求 精神的なもので自分はどこまでやれるかチャレンジしてみたい、自分の能力を試してみたい、能力を最大に発揮したい、今よりもっと成長したいという欲求です。

 人生は一回きりで二度とないから、折角授かったこの貴重な命を最大限に燃焼させたい、使命を実現させたい欲求です。みんな素晴らしい潜在能力を保有しているはずだ、他人に出来るなら私にだって、できないことはない、きっと出来るはずだと積極的に考えて、可能性に挑戦する最高次の欲求といわれるものです。

 (次回に続きます)
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2011/02/19(Sat)

(No.94) 人間とはどの様な欲望や欲求を持っているのか?(3/3)

 ①基本的欲求 ②安全の欲求 ③親和の欲求 ④自己顕示の欲求 ⑤自己実現の欲求
 以上の「欲求五段階説」に照らし合わせて見た時に、あなた自身、そしてあなたの周りにいる部下や人々は、欲求のどの段階にいるのでしょうか?
 
 周囲の人達の大部分は、③段階の親和の欲求と④段階の自己顕示の欲求の間を行ったり来たりしていないでしょうか?
もしかすると経営者であられる、あなた自身も彼等の一員かも知れませんね。まさかトップ・リーダーを務められてる社長がこのレベルでは、人を統率するのは難しいかも知れません。

 世の中の多くの人々は、この③と④の欲求レベルの間で右往左往している間に、一生のほとんどが過ぎてしまうと言われています。企業や官公庁に20代で就職し60才頃に定年退職を迎えるまで、真面目に一所懸命働いて約40年、つまり人生の約半分を仕事に捧げて生きていくのです。

 頭で考えれば、今から先の約40年間は長い様ですが、過ぎてしまえば、あっという間で、人生の時間軸は振り返れば短いものであります。私自身をはじめ多くの同級生から聞いた話ですから間違いない感想でしょう。

 最もレベルの高い「自己実現の欲求」を持つことなく、さほど達成感を感じることのないまま、会社人生やサラリーマン生活を閉じる人が多いのも事実であります。(人それぞれですから定年を迎えて各人それぞれがそれなりの達成感・充実感を感じていらっしゃる方も大勢おられるとは思いますが・・・・・・)

 あなたの部下や周りの人々に、自己実現の満足感を味わってもらい、かつその満足感の獲得に向けて日頃一所懸命に、かつ喜んで働いてもらうためには、部下の一人一人がどのレベルの欲求を持っているのかを見極める必要があります。そして各人に対してどの様なやる気を出してくれるのかを常に考えていかなければいけないと思います。

 しかしながら、まだ年令が若く社会体験が少なくて、自分の人生についてゆっくり考えたことのない方々に、低い欲求レベルだから一気に高次のレベルに引き上げようとしても無理であります。①②のレベルの段階の人を一気に⑤の最高次のレベルまでジャンプさせることは不可能であるとマズローは説いているのです。

 ましてその人自身の欲求なのに他人がとやかく、理解させ納得させ説得しようと試みても、本人にとってはいらぬお節介にしかなりません。上からの押しつけでは人の欲求はなかなかすぐに高次元へと昇華することはできず難問中の難問なのであります。その人間の心の奥に潜む魂に関する大テーマであるからです。

 頭の中で理解させることは可能でしょうが、行動を変え実践させることは、そう簡単なことではありません。
常にコミュニケーションを深め、時間がかかっても、みんなのやる気を高め欲求レベルを高次へと導いてあげる、つまり、いかに動機付けを行うかが今後の経営のカギを握っているのです。

 能力の差はどんなに開いても五倍程度です。しかし、意識の差は百倍開くと言われます。いかに部下や周りの人々の意識を変えることが業績や効果が上がるかを示した心強い言葉であります。もちろん意識を変化させるには動機付けが必要なのは当然であります。

 最後にまとめとして整理します。
 日頃のコミュニケーションを密にし動機付けを通して欲求水準を向上させ、意識を変化させることで行動を変えていく。少しずつで良いのです。その結果として業績改善や向上が良循環して実現していくものであります。この一連の仕事がトップ・リーダー・社長の役割であります。
 
 知識技術偏向教育より、その人の人間力を高める意識重心教育ということの大事さを認識して頂ければ有難いと存じます。
 
 我国では社員教育がよく言われますが、私はまず上に立つ者が自分の教育から始めるべきだと常々話しております。「修己治人」の教えの通りで、「教育は上からやるのが鉄則である」(経営コラムNo.49参照)と古人は良く言い残したものだと感心しております。
 
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2011/02/26(Sat)

(No.95) 事業を成功させる原点に「礼」がある(易経に学ぶ)(1/2)

 易経に「天沢履」(てんたくり)という教えがあります。この教えは、「虎の尾を履(ふ)む」という有名な言葉の出典になっています。今流に言えば身の危険をおかしてまで冒険にチャレンジするとの意味で使われています。

 経営に応用して考えてみたいと思います。「社長という地位についたが、自分にはまだまだ荷が重い。そんな力はまだついていない」と思われている社長様も多いのではないかと思われます。易経には、そうは思っていても実務では行動に移さなくてはならない時もあるのですよと書かれています。
 
 虎の尾を踏むと聞くと、「虎の尾を踏んでしまったら虎に咬み殺される」と解釈しがちですが、もともとはそういう意味ではありません。本当の意味は、「虎の尾を踏むような危険を冒しても虎に食われることなく、最後まで務めあげることができる」という意味なのです。この「履」は我々に自信を与えてくれる教えでもあるのです。
 
 しかし、「ある場合には虎に食われて大失敗することもある」と注意すべき、戒めるべきことも書かれています。

 「」(り)とは、草履(ぞうり)の履(り)です。これは「踏む、履(ふ)む」という意味であります。何を踏むのかというと、実は「礼を履む」ということを指しているのです。
 
 虎の尾を踏むような危険を冒しても食われずに成功させることができるのは、自分がやっていることが本当に危険な大冒険で自分にはそれだけの力がないことを客観的にわきまえているからなのです。それが出発点になっているのです。
 
 自分の力不足を本心から知っているならば謙虚に物事を学ぼうとする姿勢ができます。また、力のある人に頭を下げて教えを請うこともできます。それが「礼を履む」ということであります。
 
 例えば経営の体験が少なく、経営に関する専門的知識も乏しく、力量もないのに要職、重職を任された人が大変な責任を何とかこなしていけるのは、力がある人、知恵のある人に礼を履み、畏れ謹んで謙虚に教えを請い支援を受けられるからであります。

 その人達が教えてくれて周りが協力してくれて、力不足の自分を補ってくれて、みんなで橋渡しをしてくれるからこそ成功させることができるのであります
 
 礼を履みながら、謙虚に慎重に前に進んでいく。だから虎の尾を踏んでも食われずに通っていくことができる。その様にして新任社長や若い後継者はやがて一人前の本物の実力社長に育っていくのです。急成長を焦らず、望まずに身の丈に応じて一歩ずつ漸進していけるのです。

 しかし易経には「ある場合には虎に食われて大失敗してしまうことがあります」と書かれていますと前述致しました。

 (次回に続きます)
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