FC2ブログ
  • プロフィール

    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

  • 検索フォーム

  • QRコード

    QRコード
  • FC2カウンター


2011/03/05(Sat)

(No.96) 事業を成功させる原点に「礼」がある(易経に学ぶ)(2/2)

 こんな人が虎に食われて大失敗しますよと教えています。それは、「武人がリーダーやトップになったらどうなるのか」という教えです。
 
 武人とは力に頼む人のことです。地位や肩書きや権限や権力を頼りにする人のことです。自分に力があると過信して力任せに行なおうとする人です。だから自分が謙虚になれないし、自分に真の力がないことを気付かないのです

 易経の中では、目が少し不自由なのに、自分ではよく前を見る力があると思い込んだり、足の力が弱く少し不自由でありながら、自分はしっかりと歩けると思い込んでいる人を例として挙げています。その様な人が虎の尾を踏んでしまえば、その虎はガブリとその人を食ってしまいますよと戒めております。

 実際の経営に当てはめて考えてみますと、現状を正確に認識する力が乏しく、また将来を洞察できずに、視野が狭くて周りや遠くが見えてないのに見えていると豪語する人や、外部から見てると、まだまだヨチヨチ歩きでフラフラしているのに、「いや俺は一人で立派に歩ける」と思っている人であるでしょう。経営哲学もなくビジョンやミッションも確固たるものになってない状態の人でしょう
 
 もしこの様な人(武人)と行動を伴にしたらどうなるでしょうか?その様な人がリーダーやトップになったら、どうなるのでしょうか?場合によっては、組織や部下達は生命の危機にさらされることになります。死ぬ人までが出てきます。虎に食われて大失敗しますよと教えているのです。

 従って、「武人は、社長やトップ・リーダーにしては決していけません」と教えているのです
 
 この教えと同じことを説いている「書経」には、「徳の高い者には官位(地位)を与え、功績の多い者には褒賞(ボーナス)を多くする」と書いてあります。

 また我国では、西郷隆盛(南洲)も同じ様な教えを残しています。「武人には位を与えてはならない。仮にどんなに功績があってもその人をリーダーの地位につけてはならない。そういう人には位ではなく恩賞を与えなさい」と。武人がリーダーになると必ず虎の尾を踏んでしまうことを危惧して説いているのです。国や組織を治めるべき人のポイントをついたものであります。
 
 その武人だけが虎に食われるのならまだしも、その人の判断や意思決定の誤りで、行動を伴にしていた部下達や組織までもが、潰滅することは絶対に避けなくてはいけません。こうしたことは実際の戦争の場面では、よくあった事なのでしょう。

 だから、その人物をじっくりと観て位を与えるのか禄(ろく:金銭のこと)を与えるのかを考えることが重要なんですよと教えているのです。多いに組織運営や経営に活用できると考えられます。

 組織のトップやリーダーに誰を任命するか、またはどういうタイプの人がリーダーを務めなければならないかを示唆した教えであります。それが事業の成功や失敗の分岐点になるという教えであります。事業を成功させるにはトップの人格に礼を弁(わきま)えているか否かが要点であるということなのです

 万が一、体験不足で力量がまだ充分でないのに、やむを得ずリーダーや社長を務めなければならない時であっても、自分自身の力不足を認識し謙虚な姿勢で何事でも他から学ぼうとする意識さえあれば、周りの人々は、あなたに協力してくれるものですよ、それを「礼を履む」というのですよと教訓を示しているのです。

  最後にまとめますと、この教えは若い社長の方々ばかりでなく、全ての経営者の方々にも共通している、参考になるテーマであると思います。
 
 我々全てが自己を振り返り、この教えを活学できれば良いなと思います。いつまでも謙虚な姿勢をくずさずに「礼を履む」ことで「我以外、人皆我が師である」の心がけを忘れぬようにしたいものであります。

 事業成功の原点にがあり、成功するか否かの分岐点に礼がある。約5千年前から、篩(ふるい)にかけられた教訓が現代にも生かされているのであります。

 ちなみに、礼を弁えるは、トップ・リーダーの必須の条件の一つであります

Home | Category : 人間学 |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback
2011/03/12(Sat)

(No.97) 「五倫の道」を経営に活用せよ (1/3)

 以前、当経営コラム(№44~47)で述べました「五常の道」につづき、今回は「五倫の道」というテーマで述べてみたいと思います。もち論、中国の東洋古典(孟子)の中で残されている有名な教えであります。

 「五倫の道」は、儒学において人間関係の五つの基本徳目・儒教道徳の基本といわれています。また、職業や地位や年令に関わらず、万人共通で人間として学ぶべき基礎的な教えであります。
 
 古い教えだから、興味がない関心がないと言ってる限りでは、いつまでも一流の人物にはなれません。いわんや組織のトップやリーダーには、到底なれるものではありません
 
 「中庸」という古典には、「天下の達道(たつどう : すぐれた道)は五者の交わりである、五者は天下の達道なり」と書かれています。五者の交わりとは以下の「五倫」のことを指しています。

  1.父子(ふし)の(しん)
  2.君臣(くんしん)の(ぎ)
  3.夫婦の
  4.長幼(ちょうよう)の(じょ)
  5.朋友(ほうゆう)の

 地球上に約67億人が生活していると言われます。この五項目はほとんどの人々に共通している人間の交わりや結びつきを簡素にしたものであります。一つずつ解説したいと思います。

1.まず「父子の親」について
 
 父と子の間の親愛のことです。親子間の愛情で、感謝する、報いる、いたわる気持ちのことです。「」といいます。親孝行の孝です。その「孝」という感情から、親が子に与える無償の「」と「」(思いやり)へとつながっていきます。

 また、「孝」という感情から、子が親に報いる感謝の気持ち「」と「」へとつながっていきます。「敬」の心は人間だけで他の動物は持っていません。「孝」に「敬」の心が備わって初めて人間となっていくのです
 
 父子に親あり。理屈がなくても、うまくいっているのが一番良いのです。情けによって、結ばれるのが一番良いのです。「孝」とは親と子の関係で、人間の縦の関係、人間を縦に統一するものです。親が子に説教し、子が親に理屈を言うと、親子の間に冷やかさが生じるものです。
 
 現代は、「孝」という字を忘れるどころか、知らない人が増えています。それは小学校で「孝」の字を教えていないかららしいです。将来を担う若い人に基本を教えないとは悲しい限りです。

 “「孝」は「徳」の本なり。教えの生ずる所なり”(孝経)とあり、親孝行は人情で自然発生するものだから、すべての道徳の根本になり、同時に色々な教えはここから出てくるのですと教えています


2.つぎに「君臣の義」について
 
 君と臣、今流に言えば、社長と部下、上司やリーダーと部下の間の義(正しい道)、礼儀、礼節のことです。
 
 「」(ちゅう)といって、組織内での上司と部下の人間関係の根本になります。先程の親に「孝」をつくす、その心がけを持って、社長上司に仕えれば、それは即ち「忠」となる。父子の親で述べたようにともに「愛」と「敬」とを本となすからですと教えています。また、敬いの心「敬」でもって、社長や上司に仕えれば、それが「」になると言っています。
 
 この「忠」と「順」を忘れることなく、上に仕えなくてはいけないと言っているのです。現在ではほとんど忘れられて、意識する人が珍しいと思われる程少ないと思われます。古きを訪ねて新しきを知ることもできます。

 お金や損得だけで結ばれた人間関係などは、いざとなったらもろいもので、あっという間に崩れ去ってしまいます。体験なさった方もあられるでしょう。損得だけの物差しでは組織の運営は難しいのです。

 いやビジネスや経営とはこんなものだと簡単に割り切れるものでしょうか?あなたはどちらを尊重なさるでしょうか?良い悪い、善悪は別として、このテーマで話し合えば経営観や人間観がすけて見えて来そうな感じが致します。
 
 現在の不況下における経営では、解雇や人員整理が盛んに行われています。 部下が心服して働く気も起きない様な上司や社長では、当然のことながら業績を上げられるわけはありません。共に働く仲間達のクビを切ってその浮いた人件費で利益を出そうとするような上司やリーダーや社長に人はついていくはずがありませんよね。
 
 要は人間としてどう考えれば良いのか、部下や仲間を人間としてどう扱ったら良いのか、ひょっとしたら物としての存在と同じような気持ちで経営していないかなどのテーマであり、究極は「」のテーマで人間観という価値観に落ちていくものと考えられます。

 (次回に続きます)
 
Home | Category : 人間学 |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback
2011/03/19(Sat)

(No.98) 「五倫の道」を経営に活用せよ (2/3)

 このたび、3月11日の東北地方太平洋沖地震で被害に遭われた皆様に心からお見舞い申し上げますとともに、被災された地域の一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。


3.「夫婦の別」について

 これは夫婦間の区別や役割分担のことです。妻と夫、親の優しさ父親の厳しさ、それぞれの役割があることを教えています。
 
 2500年前の中国では、子供の頃から教えたと残っていて、わずか七歳で教えたらしいです。男女は七歳で同じむしろに座らせずと残っております。

 本件について、もう少し突っ込んで考えてみたいと思います。あまり聞き慣れないと思われる、陰陽相対(待)性原理から考えてみたいと思います。この原理は宇宙人生の本質で根本原理の一つといわれます。宇宙や人生を通じた無限の創造の原理のことです。陰陽が相対しつつ相待って相求めて無限に矛盾を統一して進歩向上していく働きをいいます。

 とは統一含蓄であり、発展分化であります。これを統一発展せしめることを創造進化又は創造化成といい略して造化といったりします。造化の働きで一番わかりやすい例は植物であります。根と幹が陰の代表で枝葉が陽の代表です。この陰陽が相待って樹木の存在・繁栄があります

 人間も陰陽によってできており、女は陰性で男は陽性であります。そこで女は相対(待)性原理の陰原理的なものでありますから、どちらかというと根本であります。あるいは本体であります。従って人間の男女を比較すると大事なのは女であります。

 女は自然そのまま造化そのままであります。胎児を身ごもり子を創造するのは女性であります。また、女性根本的であり、内省的没我的であります。男女に分かれた区別されたものを結び内に蓄える、すなわち統一含蓄するのが本能本領であります。

 これに対して外に向かって分化発展するものがであり男性であります。この両性が相待って相求めて初めて堅実な創造活動ができるわけであります
 
 そういう意味で女性教育が大変大事でありまして、これによって民族の繁栄・永遠の生命を得ることができるのであります。

 今日のような女子教育・女性生活その文化というものを野放しにしておきますと、日本民族は遠からず衰退するのではないかと英知に富む識者や歴史家たちが数十年前から皆心配しておりました。その鋭い指摘がどうも的を射ていて現在その弊害が現れている様な気がしてなりません。
 
 ちなみに徳川幕府が世界史でも珍しい300年近く権力を維持できたのも200数十の藩を置いたことと同時に女子教育が優れていたからと言われております。鋭い指摘だと思います。

 少し説明が長くなりましたが、その当時の人々は夫婦の別、男女の別、という五倫の一つを学習の結果、日常生活で実践ができていたのかと思わずにはおられません。

 (次回に続きます)
 
Home | Category : 人間学 |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback
2011/03/26(Sat)

(No.99)  「五倫の道」を経営に活用せよ (3/3)

4.「長幼の序」について

 兄弟姉妹の間の順序のことです。 「」(てい)と言い、兄弟姉妹の友愛の感情・心情のことです。兄弟姉妹の、それぞれの深い思いやり、助け合い、従順いたわりの心で、仲よくすることをいい、「悌」の基本になります。兄(姉)が弟(妹)を思う気持ち、弟(妹)が兄(姉)を思う気持ちを「悌」といいます。兄弟愛を育くむ教えでしょう。

 「悌」とは、兄弟姉妹それぞれの人間の横の関係、人間を横に統一するものです。
 
 「長幼の序」については、わずか八歳で教えたと残っており、八歳になったら目上の人に先を譲ることを考えて、席に着くとき、食事を頂くとき、家の出入りのときには、目上の人を先にして自分は後から行うというものでした。子供の頃から今でいう、躾が徹底してできていたのですね。驚かされます。現在の日本では我が家庭を含めてほとんど皆無でしょう。

5.最後に「朋友の信」について

 友人や親友の間の信義のことです。友達と深く交わり、長い間の結びつきをするにはどうすれば良いのかを教えたものです。
 
 当経営コラム№47でもふれましたが、「」は、「五常の道」の第2の徳目である「」(人間としての正しい道)がベースになって生み出される徳目です。「義」とつながっているものです。
 
 「信」とは、信用や信頼のことです。人や組織企業と付き合うべきか否か?を決定するときの物差しであります。 「信」を創り保持するには、日頃の関係やお付き合いにおいて、約束を守る、嘘を言わない、正直であること、誠を尽くす、裏切らないことです。
 
 この心的態度が商売やビジネスでも多いに関係していきますので決して軽視はできない大きなテーマでもあります。もち論、業績までも左右していくものです。だから「信」は「商売の原点」とも言われているのです。

 「信」が信用や信頼へとつながり、ひいては企業を支える最大の宝である社会的信用」へとつながっていくのです。 「朋友の信」というテーマは、友人間だけのものではなく、経営に関する様々な関係者であるステークホルダーの方々にまでつながっていく大きな広がりをもっている徳目であると思います。

 最後にまとめますと、「五倫の道」という教えは、以前ふれました「五常の道」と並び、両者ともに我々が人間として、また経営に携わる者として最低保有すべき見識であり、実際の生活や経営活動で活学して頂きたいテーマであります。お役にたてて頂ければ幸いに存じます。
 
 その結果、皆様の人間力に向上が見られ、仕事力、経営力の向上につながっていくものです。何故ならば皆様の人物人格が今までよりワンランク上に上がるからです。今まで保有されている知識・技術・資格・才能がうまく運用され発揮されるからです。

 「徳の上に立った才の運用」の関係が実務で大いに発揮され活かされるからであります。基本になる徳目が固まっていないと、いかに優れた才能を保有していても有効に活かされないのであります。
Home | Category : 人間学 |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback
Home Home | Top Top