FC2ブログ
  • プロフィール

    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

  • 検索フォーム

  • QRコード

    QRコード
  • FC2カウンター


2011/05/07(Sat)

(No.105) 読書にはどんな力が潜んでいるのか? (2/2)

 経営者として組織を統率していく源泉である経営力の養成に向けて、人間観を磨き人間力を高めるには一体どうすれば良いのでしょうか?

 それは自らの仕事に懸命に取り組むことはもち論、仕事以外の合間を縫って良書を読むことが非常に重要であると考えています。

 ある人が読書の効用として、「他人の過ちから学べ、自分ですべての過ちを経験するには時間がない」と言ってますが、その立場立場を全て経験することができない分、多くの書物を通して沢山の人の心を知ることが、社長としてリーダーとして人間学・人物学習得のため、とても大事なことだと思います。

 中でも特に2500年超という歴史や風雪に耐えた古典には時間と空間を超えた普遍性があります。今を生きる我々が読んでも全く古くないし、なるほどとうなずくことが多いもので人間の心の本質は2000年以上前から全く変わっていないことが分かります。
 
 読書離れと言われて久しいですが、できれば心に響く書物で人間的にしっかりした人物になる本、自己を育ててくれる本、自分を変えるような本や学問を薦めたいと思います。だからまずは、とにかく本を読むことを薦めます。

 大体本を読む習慣がないと人の話を聞かない人が多い様です。何故ならば、本を読むという事は、二時間なり三時間ずっと著者の考えや話に付き合わないといけません。話を聞かないといけません。

 つまり、読書とは他者との対話なのです。単に読書するんじゃなくて筆者の考え方を聞き、更に行間を読むことで自らの環境や状況とすり合わせをしながら読むわけであり、双方の意思を疎通する力であるコミュニケーション力を高めることにもつながるのです。

 中国の古典では人の話を聞く力を持った人のことを“黄金の耳”を持った人つまり君子の条件であると教えています。話すより聞く力を重視しているのです。聞く力を養いたいと思います。

 今、世界中どこの国でも母国語の言語技術教育を重視しているのに、日本だけが重要視していないようです(反論が聞こえてきそうですが・・・)。例えば小学6年の国語の授業時間は約30年前は年間245時間(1979年)だったのが、今は175時間に70時間も減っています。母国語の言語技術を磨かないと前に進めないのにです。残念でなりません、と同時に、将来を憂えてしまいます。

 理性よりも大切なものである感性について言えば、感性は言語技術があってこそ初めて表現できるものと言われています。また、その感性は経営者や社長にとって理性の倍近く必要な能力であると言われています。読む力、書く力、話す力、聞く力の言語技術が基本になるのです。

 読む力は考える力の源泉で語い(語の総体のこと)も増え読解力が身につき、論理的思考力(理性)も養うことができ深まります。教科書もより理解できるので他の教科の力も向上するのです。

 日本語の基本が身につかないのに、よその国でやってるからと小学校の高学年で英語教育をするらしいですが、いかがなものかと首をかしげたくなるのは私一人なのでしょうか?不要不急のことを教えるより幼少期は読み書きそろばんの基本をじっくり身につけさせる方が得策なのにですね。

 全体的に学力低下が叫ばれているのは当然の成り行きであると一人でひっそりと考えております。さて皆さんのお考えはいかがでしょうか?

 最後にひと言。
たかが読書と侮らず、されどやっぱり読書であります。読書の効果ってすごい力があることをご理解なさったことと存じます。
 くれぐれも三日坊主になられませぬ様に。継続が力なのです。

 [ 補足 ] 読書の効果について

       1.論理的思考力(考える力)
       2.聞く力(黄金の耳、社長やリーダーの条件)
         コミュニケーション力、意思の疎通力に通じる
       3.語いの増加、読解力、人の心を読む力
       4.感性の表現ができる(言語技術があってこそ)
       5.人間力と経営力(古典などの良書を通して)
       
       などの向上が期待できるものです。
        ただ良書を読みさえすればいいわけではありません。知ったことを実践して、
       現実の生活で実現していくことが大切であることは申すまでもありません。

      
Home | Category : 人材育成 |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback
2011/05/14(Sat)

(No.106) 知と情の関係について (1/2)

 私達にとって、とても大事な“知”、知るということについて、“情”というこれまた欠くことのできないものと対比させながら考えてみたいと思います。

 人間とはどちらか一方だけで成り立っているのではなく、知と情で生活や仕事を行ない人生を歩んでいきます。どちらも欠くことのできない大切なものであります。

 とは、知識のことですが領域はとてつもなく広く、挙げたらキリがないほどです。幼少時代に覚えた知識から社会人になってから覚えたり身につけたり、経営者になってから学んだ知識とか、一般市民としての常識や仕事に関する専門知識など、その人の環境や与えられた仕事や職業に応じても各人各様であるでしょう。

 それに対してとは、一般的で簡単な分類は“喜怒哀楽”で表わされることが多いと思います。人間の心理は複雑多岐でつかみどころがないほど厄介なものですが、ここでは四文字の喜ぶ、怒る、哀しむ、楽しむで代表させて頂きたいと思います。

 ところで、知と情を陰陽の物差しで区別致しますと、知は“陽”、は結びの力なので“”になります。知と情がうまく調和している状態を“”(ちゅう)と言います。中とは、陰と陽を正しく活用して発展させることの意味であります。中には“結ぶ”という意味もあり、これに近い意味であります。

 陰であるは先天的で自然発生的なもので、情の力がこもって厚いのが基本であります。
の方は、後天的で派生しますから樹木に例えれば、枝、葉、花であり本末でいえば末に該当します。

 ですから人間は、内に情が厚くそして頭が良いというのが一番望ましい理想的な状態でしょう。
もし知が情に勝ると、よほど気をつけませんと軽薄になり利己的になっていきます。才も同様であって、これまた派生的なものですから、利口であるとか才能手腕が優れているからといって、これに走り過ぎますと危険であります。

 よって才知があればあるほど、反省修養が大切になり才知以上に情を養う必要があります。知と情がどちらかに偏りアンバランスな状態では、危険性が高まり人間性や人格という点では好ましい状態とはいえないでしょう。

 陰とか陽とか述べましたが、何のことか理解が進まないと思いますので、少し説明を加えたいと思います。これは昔からある東洋思想や東洋学問の概念であります。

 一般の人は、陰陽というと“相対立するもの”であるととかく断定しがちでありますが、相対立すると同時に“相待つ、相求め合う”ということ、即ち陰は陽を待って、陽は陰を待って初めて中(調和、発展していく、進歩向上していくとの思想であります。「陰陽相対(待)性原理」として確立されたものであります。

 西洋にも同様な概念が存在し、英語でいえばレシプロカリティ(reciprocality)という単語で、“相互性、相応性”という意味であります。

 (次回に続きます)
   
Home | Category : 人材育成 |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback
2011/05/21(Sat)

(No.107) 知と情の関係について (2/2)

 前回で、「陰陽相対(待)性原理」とは西洋流にいえばレシプロカリティで、相互性、相応性という概念でありますと説明致しました。

 この概念が非常に大事でありまして、陰と陽をそれぞれ良いとか悪いとの個別で見るのではなく、それぞれが対立と同時に相待って、相求めて、進歩向上していく、矛盾を統一していく働きをしているという意味を理解することが大切なのであります。
 
 ですから陰、陽について偏見を持たないようにしなければなりません。どうかすると陰は悪く、陽は良いとか、陽性であるということは、陰性よりも良いというような錯覚をしがちですが、この考え方も非常に危険であります。

 危険といえば、どちらかというと陽の方が危険であります。だから陽の字には、うそ、偽り、うわべという意味があるのでしょう。

 とかく世間では、陰が悪くて陽が良いのだというようなことも常識になっておりますが大変な誤りであり、また従って非常に危険なことであります。陽は陰を待って初めて陽であり、また陽があって陰が生きるのであります。

 ところが、どちらかというと陰はわかりにくく、陽の方がわかりやすいものなのです。従って特徴も欠陥も、すなわち長所短所ともに陽の方が目立ちやすく目につきやすいために認識しやすく、陰の方が認識しにくいものであります。そこでいろいろな間違いや判断の誤りが生じやすいものであります。

 知は陽、情は陰と述べてまいりましたが、それぞれが独立して働いているように考えがちですが、常に発展分化していく知は、情があって初めて有効に活かされ、情は知の力を借りて結びや統一や調和の力を発揮して人間力として外面に表現されるものであります。先ほど述べたように、知と情は相互性、相応性(レシプロカリティ)の関係を持ったものなのです

 以前にも触れましたが、「徳の上に立った才の運用」(当経営コラムNo.99参照)という教えに近い考え方であります。

 基本になる徳目、五常の道(当経営コラムNo.44~No.47参照)や五倫の道(当経営コラムNo.97~No.99参照)などが固まってないと、いかに優れた才能を保有していても有効に活かされないと述べましたが、情という根本の力が厚くないと、知や才や才能は有効に活かされないのです。

 また発揮能力として周りの人々は認めてはいただけないし、仕事もうまく進んでいかずに、途中で塞がったり行き詰ったりするものと解釈して頂きたいと思います。

 最後にまとめますが、物には必ず本末があります。徳や情や人間性、人間観、人格などのトータル人間力という基本のが固まってこその、知や知識、技術、資格、才能、仕事力、経営力などのが活かされるのだと考えて頂ければありがたいと存じます。

 ベースに人間力、その上に仕事力と経営力が乗っかっています。互いに相互性、相応性を保ちながらなのです。
   
Home | Category : 人材育成 |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback
2011/05/28(Sat)

(No.108) 人間学なき者に指導者の資格なし(野村克也氏に学ぶ) (1/2)

 「リーダーが変わると組織が変わる。リーダーが変わると今まで弱いチームが強いチームに変身する」
 この言葉は東北楽天の名誉監督の野村克也氏の言葉であります。彼はプロテスト生として南海(現・福岡ソフトバンク)に合格入団し、鶴岡一人監督に見出され頭角を徐々に表わし、四番でキャッチャーで監督を兼務した人物。その後、選手としてロッテ、西武を経て引退。それ以降は、監督としてヤクルト、阪神、社会人野球シダックス、東北楽天を率いてリーグ優勝や日本一など数回にわたり輝かしい業績を残した名監督であります。

 この人ほど「リーダーが変わると組織が変わる。弱いチームが強いチームに変身する」この言葉を体現している人はいないでしょう。就任球団をことごとく強豪チームに甦らせる手法は「野村再生工場」と呼ばれ、幾多の名選手も輩出してきた人でもあります。
 彼の体験と考え方に学び、経営や組織運営に活用できないかを考えていきたいと思います。

 人間は感情の生き物、言葉一つで発奮する。本当にひと言、胸に刺さることを言われると意気に感じて「この人のために」と思って奮い立つもの、変化するもの、やるものですと言う。

 「技術の前に人間を磨け」を口ぐせのように常に選手たちに言ってこられたとのことです。野球選手でいる人生よりも、野球選手でない人生の方がはるかに長い。だから年俸を上げることよりも野球という仕事を通じて人間を磨くことを考えろ、カネなんかついてくるものだし、人間は人の評価で生きているんだと指導されてきたとのことです。それ以降「技術の前に人間を磨け」この一言が彼の人生観になったといわれてます。

 私も常々、「社長である前に一人の人間であることを忘れるな、よって人間を磨け」と申し上げてますが、同じことを言われているので共感した次第であります。

 また、「この人がいなければ今の自分はない」と、人との出会いや縁の大切さを述べておられます。高校時代の野球部の顧問の先生や、南海時代の鶴岡監督との出会いなどが自分の人生観や物の見方考え方を醸成するのに非常に大きな力になっていると述べられてます。

 経営や事業を推進し成長発展させるには、自分一人の力では決して成し遂げることは無理であり、たくさんの方々の出会いや恩で今があるとの気付きが大切であるのと同じことを言われています。

 次に「とにかく考え方一つです。結局は一日、二十四時間の使い方次第なんです」と言う。
仲間が試合終了後こぞって繁華街に行くのを忍耐し、一人で素振りをしていたそうです。どうしたらうまくなれるのか、どうしたら一軍に上がれるのかと常にそればかりを考えていたそうです。

 ライバルに追い付き追い越すにはどこで差を縮めるか、グランドではみんな同じ練習(仕事)をしているのです。グランド以外での過ごし方がポイントだと思い自分で独自の練習メニューを作って努力されたとのことです。「プロの世界は当たり前ですが、どこまでも自分との闘いである」と話されてます。

 この考え方も自分の能力を向上させるという点で、企業の構成員をはじめ経営者にとって、つまり我々全員に共通して活用できる教訓であると思われます。

 そして「やっぱり人間は視点ですね。視点を変えると見えなかったものが見えてくるものです」ともいう。主観より客観的、部分より全体的、目先より長期的などの視点が大切だとポイントを指摘されています。

 経営の領域でも同じで、組織の内部にいる者はなかなか自分を外側においては自社を見ないのと同じであります。視点を変えてみる、観察する、立場を変えて眺めて見るなどをすると新たな点が発見でき、経営改善が進みやすいのと同じ意味だと思います。

 つづけて、「仕事と人生はイコールなんです。だから野球(仕事)以外にも人生について教え込んでいきます」。
 「中心なき組織は機能しません。鑑(かがみ・行為の規範とすべきもの)になる人が組織にいるといないのではチーム作りが全然違います」。
 中心や鑑になる人とは、中核を務めるトップやリーダーのことを指しています。

 「弱いチームや組織には厳しさがない仲良しチームになるんです。プロはミスが許されない世界です。その感覚がなくなっていくんです」

 万が一、読者の方の会社が、弱体化して弱い組織になっている場合だとしたら、この言葉はドキッとするほど胸に突き刺さることでしょう。プロ野球と事業経営は形こそ違いますが、チーム組織という点では、かなり似かよった共通点がある様です。
 では、どの様にして野村氏は克服されていかれたのでしょうか?
 
(次回に続きます)
 
Home | Category : 人間学 |  コメントアイコン Comment0  |  Trackback
Home Home | Top Top