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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2011/07/02(Sat)

(No.113) 兆しを観る目を養う (1/2)

 私たちは何か一つのことに気を奪われていると、周囲の事件や微妙な変化に気づきません。逆に気配を察知するときは全体をボーッと見ます。一点に集中すると他に意識が及ばないからです。

 日常とは違ったかすかな動きは、ぼんやりと全体に目配りすることで、あれ?と感じることができます。見つけよう見つけようと神経質になる必要はありません。

 観る力といいますが、良いこと悪いことにかかわらず、その時が近づいているのを察知するには、特定の何かに捉われていないことです。自分のスタンスや立ち位置がひとつの所に安定や固定していたら観ることができません。極論すれば不安定な状態に身を置いたりした方がよく見えるよく気づくとも言えるでしょう。

 経営者やリーダーであれば、目の前で起きている事や表面の現象だけでなく、その舞台裏も察知できなくてはなりません。普段と違う物事が起きているときには、必ずどこかで動きがあります。不自然な動きがあれば、「おやっ何か変だな」と気づく力を我々は持っています。この気づきが「を観る」、「を観る」、「を観る」につながっていきます。

 また理屈で見ようとすると見えていても観えません。とにかくぼんやりと日常と違った不自然な動きはないかを観ることです。そして「あれ?」と感じたことは否定しないで下さい。それは何かの信号です。何を知らせようとしているのかと発想する癖づけをして下さい。
 
 そもそも天地自然や人間や人生は全てが変化しているものなのです。一定でない、常でない(無常)のが当たり前なのです。変易(へんえき)といいます。常に変わらないルールや原理原則に則り変化しているのです。

 年間の四季は春夏秋冬と変化しますが、その順番は永遠に変わることはありません。このルールを不易(ふえき)といいます。つまり時は変化しているのです。また、不易のルールの上で変易を続けているのであります。

 この様に全ての出来事や事象に変化が起きるときは必ず“兆し”があります。その兆しは些細なところにかすかな気配として起きています。いつもとは違う何かです。

 「あれ?」と感応するだけで良いのです。やがてそれが、いくつか積み重なってある方向性をもってきます。どの様な動きをしているかを興味深く、注意深く観る癖をつけて下さい。すると必ず一つの方向性が観えてくるものです。こちらから見よう見ようと思わなくても向こうから見せてくれるものがあるのです。ぼんやりしてて見逃してしまうのは気づかないだけなのです。

 不思議に思われるかも知れませんが、不思議でもなんでもないのです。この様な体験はどなたもあられると思います。気づいた時は相当な時間が経っているのです。その時は、対応や対策がタイムリーにできずに、後で悔む(後悔)ことになるのです。

 (次回に続きます)
 
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2011/07/09(Sat)

(No.114) 兆しを観る目を養う (2/2)

 前回、「幾・機・期」を観ると述べましたが、少しずつそれぞれの意味が異なっていますので説明したいと思います。

 一番目の「」という字は、「糸」が二つと、「戈(ほこ)」と「人」とでできています。糸二つは細い糸ということから「わずか」の意味があります。そこに「戈」と「人」を加えますが、人の首に戈の刃がもう少しで届きそうです。そのあいだには糸ほどのわずかな隙間しかありません。

 そこから「もう少し」とか「近い」という意味や、「兆し」、「機微」という意味があります。このほんの少しの兆しを示す「幾」を観ることが大切になります。「」とは物事がおこる「時の兆し」をいいます。

 二番目に、この「幾」に木偏がついて「」となると、「ごくわずか」という意味の他に「仕掛けの鍵」・「秘密」・「大切な物事」という意味があります。この「機」はもともと布を織る織機の間にあり、その仕掛けを動かす木の軸のことです。そこから精巧な仕掛けや仕組みのある物事のツボとか勘所という意味があります。

 機会と書いてチャンスと呼びます。チャンス到来と言ったりもします。が本来は、物事のツボや勘所のことですから、表面だけを見るのではなく、本質や根幹を観るのが大切とお考え下さい。枢機(すうき)といいますが、中枢の中枢で最も大切なものという意味になります。

 そして、三番目の「」は、「約束された時」という意味を持っています。支払手形で約束の期日が来たら手形が落ちますが、その時を期日つまり約束された時という意味で使われています。 「期」とは必ず実現すると約束されている日のことを示しています。

 物事は遅くてもいけない早くてもいけない。時がピタッと当たることが大事だとお考え下さい物事にはタイミングがあるということです
 
 少し横道にそれますが、時がピタリと当たること「時中」(じちゅう)といいます。また、正しい所に当たることを「的中」といいます。この「時中」と「的中」が重なり合って、すべての事象や万物は変化・進展・創造していくのです。

 塞がらずに前に通って行くものとお考え下さい。逆に物事が塞がってしまい前に進まない時もあるでしょう。その時は、「時中」と「的中」がバラバラになっているからとお考え下さい。

 最後にまとめとして。世の中のものは、すべてが時々刻々と変化して、変わらないものは何ひとつとしてないと述べました。

 時も物事も環境も我々一人ひとりも、家庭も、政治も経済も、事業も経営も組織も、組織内での地位や立場や人間関係も一刻一刻と少しずつですが変化しているのです。固定でなく常に変化・変動です。
 
 その「時と兆し」を観る目を養えば、人生や経営その他様々なものに応用することが可能になっていきます。洞察する力、予知する力などといわれています。
 
 よーく観ればちゃんと見えるものなのです。向こうの方から信号を発しているのです。もっと観る目を養いなさい(心の眼で観る)、もっと聴く耳を養いなさい(心の耳で聴く)と、きっと誰かが我々に教えているのでしょう。

 ただ一つだけ条件があります。テレビやラジオと同じで、周波数(波動)が合ってないと、ただの雑音や現象になってしまうものであります。
 
 お互いに“兆し”を観る目を養い、日常生活や経営活動において活用していきたいと思います。
 
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2011/07/16(Sat)

(No.115) 偉大な人格とは?(呻吟語に学ぶ) (1/2)

 『呻吟語(しんぎんご)』は、「経営学」さえ身に付けて、ハウツーだけで突き進んでいた自分の未熟な姿に気付かせてくれた書物であります。この書物は自分の支柱となり根となるべき価値観や理念を養うのに役に立ったものであります。俗にいう「人間学」の書・古典であります。

 著者は呂新吾(りょしんご)。中国の明の時代の末期(1536年)生まれの人です。呻吟とは苦しみ、うめくの意で、『呻吟語』には、呂新吾の仕事上の苦しみ、悩み、苦悩も包み隠さず綴られた人格者の人間味あふれた素顔が垣間見え、人間に対する深い洞察に基づく名言が多数収められた書物で人間学を学ぶ際の古典の一つであります。
 
 人間力を養うのに参考になる言葉をいくつか紹介したいと思います。

 まず、巻頭に出てくる人間の資質を三段階に分けた有名なくだりがあります。
 「深沈厚重(しんちんこうじゅう)なるは、これ第一等の資質
 「磊落豪雄(らいらくごうゆう)なるは、これ第二等の資質
 「聡明才弁なるは、これ第三等の資質」とあります。
 
 どっしりと落ち着いて深みがあるのは、人間として第一等の資質である、何があっても動じることなく、常に泰然自若としている人を指しています。
 些細なことにこだわらず、大きな器を持っているのは、第二等の資質である。
 頭がよくて才能に溢れ、さらに雄弁であっても、それはたかだか第三等の資質に過ぎない。知識や才能は大切なものではありますが、本と末に分類すれば枝葉末節の部類に属します。現代の風潮は全く逆の価値観が浸透し、聡明才弁が第一等の資質のように錯覚していると思われます。

 その他の教えを以下一つずつ述べていきたいと思います。

①「忍激の二字は、これ禍福の関なり」
 これは、じっとこらえて辛抱するか、一時の感情に駆られて爆発するか、どちらをとるかが幸福と不幸の分かれ道になる。拡大解釈すると、努力するのは当然だが、その上に辛抱するという力をつけることが大切と考えたいです。

②「人を責むるなきは、自ら修むるの第一の要道なり」
 人を責めない、これが自らを修める上で最も大切なことである。一般的に他人のせいにする他責の人が多いでしょう。自責の念が強くないとリーダーの資質に欠けると考えましょう。

③「世に処するには、ただ一の恕(じょ)の字」
 この世の中を生きていくのに必要なのは、恕の一字、思いやりの気持ちに尽きるの意。仁や慈悲や愛と同じ気持ちのことです。指導者になればなるほど必要なものでしょう。

④「欲はただこれ進気ありて退気なし」
 欲望や自利を求める私利私欲は前へ前へと進もうとし、飽くことを知らない。これは現代人への戒めの言葉とも捉えることができます。『呻吟語』では、この言葉に続いて、人の道や道理は後ろへ後ろへと下がろうとし、いつの間にか引っ込んでしまうものと教えています。
 
 自分の人間力を磨く際には、このことをしっかりと心に刻み込んでおかなければならないと、説かれています。
 「小人は利に喩り、君子は義に喩る」(論語)と同じことを教えているようです。

(次回に続きます)
 
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2011/07/22(Fri)

(No.116) 偉大な人格とは?(呻吟語に学ぶ) (2/2)

⑤「ただ静なり。故に能く動を張主(ちょうしゅ)し得(う)」(見張るように心得えなさいの意)
 心はいつも静かであることが大切だということ。上に立つ自分が感情的になったり、グラグラ揺れていたら皆が動揺しますよ、だからじっくりと構え、何があっても動じない様にコントロールしなさいと教えています。

⑥「大事、難事には担当を看(み)る。逆境、順境には襟度(きんど)を看る」
 大きな事件や困難なことにぶつかった時に、どの程度の責任感を持って仕事をしているかがわかる。人の担当力を看るだけでなく自分自身がどう対処し得るかと内省する意味がある。逆境にある時に、その人が一体どの程度の度量があるかがわかるとの内容です。襟度の襟は心、胸の中であり、度は度量である。度量とは自分に対する批判でも、聞くべきものは受け入れるという心の広さをいいます。
 自分自身を顧みる時、または相手の人物を見極める時にも意識すると参考になる言葉です。

⑦「事事(じじ)ただ道理の上に在りて商量(あれこれと思いはかること)するは、便(すなわ)ち、これ真の体認(体験してしっかり会得すること)なり」
  何事も道理に基づいて考えれば、判断を誤ることはない。一時期、隆盛を誇っていた人や企業が、道を踏み外すことがありました。
 物事に取り組む際には、これをすべきか、すべきでないかということを、自分の価値観や、原理原則に外れていないか、よく照らした上で判断しなくてはなりませんと言っています。

⑧「胸中に一箇の見識あれば、則ち紛雑(複雑に込み入っていること)の説に惑わされず」
  自分の心の中に、確乎たる見識があれば、紛らわしい言葉に惑わされることはありませんと言っています。

⑨「貧しきは恥ずるに足らず。恥ずべきはこれ貧しくして志なきなり。
 老ゆるは嘆くに足らず。嘆くべきはこれ老いて虚しく生きるなり」
 
 貧しいからといって恥ずかしがる必要はない。恥ずべきは貧しくても志のないことである
年老いたからといって嘆く必要はない。嘆くべきは、年老いて目的もなく生きていることであると教えています。
 
 以上かってに私なりに絞り込んでお伝えしましたが、現代の社会でも立派に通じる、役に立つ教えばかりであります。人間力を養う上で一つでもご参考になさって活学をされますように。

 [ 補足 ]

 偉大な人格をつくり人間力を養うポイントを整理します。
  ①人間の資質三段階で今の自己を知る(段階的にアップさせる)
  ②忍と激禍福を分ける(志が固まっておれば辛抱できるもの)
  ③他責より自責の人であれ(リーダーが持つべき最低の条件です)
  ④恕、思いやりを持つ(仁、慈悲、愛どれも同じ気持ち)
  ⑤私利私欲と公利公欲を弁(わきま)える(公的精神、公的意識を向上させる)
  ⑥心はいつも平常心(心の中はまあるく、まあるく)
  ⑦逆境で人の襟度が測れる(器量・才能面と度量・心の広さの違いを知ること)
  ⑧人の道、道義道理に従った判断と行動
  ⑨確乎たる見識と志を持つ(すべては志から始まるもの)
  ⑩のないことが恥だ。年齢に関係なくミッション(使命)とビジョン(目標)を明確に。

 まだまだ、その他にたくさんありますが、全て指導者の条件になるものばかりです。
私自身、一歩でも近づくように修養中であります。
最低でも一年に一回は振り返りをして、自己チェックを致しましょう。千里の道も一歩からです。
 
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2011/07/30(Sat)

(No.117) 魅力ある会社とは?

 一般的に企業を外から眺めていて、魅力ある会社とはどの様な企業を指すのでしょうか?
 
 それは、売上規模が大きい企業、名前が広がっていて有名な企業、利益をたくさん出している企業、社員数の多い企業など表面的な噂や評判や要素で企業をイメージしているのではと思われます。

 経営コンサルタントの立場で企業を診ていますと、企業の中身や実態を他の人々よりは少しは詳しく把握していますので、一般的なイメージとは少し違う面もあるかも知れません。本日のテーマである魅力ある会社とはという点で考えてみたいと思います。

 中堅中小企業の場合は、ほとんど社長やトップで90~95%決まると言っても過言ではないでしょう。ですから、魅力ある会社の第一条件は、経営者社長が魅力的であることだと言えます。

 特に人間的に見て魅力があるか否かということであり、人間的魅力が第一条件に挙げられると思います。経営学や販売や財務面に関していかに知識が多く技術面に長けていても何ら人間的魅力を感じない社長も多いものです。

 トップリーダーや社長以上の有能な人物を集められるのか?それだけリーダーには人間的な魅力を身に付けているかが問われているのです。優秀な人(知識や才能だけでなく)を見抜く目を持っているのか?そして、その人を用いるだけのを備えているのか?などの視点から考えても人間的魅力つまり人間力が第一に挙げられると考えるものです。

 人間的魅力についてもう少し具体的に述べますと、年齢と関係なく若さを感じる人、志があり理念がしっかり固まり哲学的武装をしている人、熱い思いが感じられ熱情、情熱があり燃えている人、包容力というか度量が広く、心の温かさ寛大さを持ち思いやりがあり、人間の器の大きさが外に出ている人であるでしょう。

 対面していてもこちらが、参ったすごい人物だと圧倒されるほどの人物であるでしょう。それが強力な求心力となり、引いては会社の魅力につながっていくと考えられます。
 
 頭でっかちで知識をたくさん持った社長で自信たっぷりの人には、何ら人間的魅力は感じたことはありません。まして私腹を肥やすことばかりに集中し私利私欲が出過ぎる人にも何ら魅力を感じるものではありません。

 次に魅力ある会社の第二条件として、その会社の将来性があることです。就職希望者は将来性のない会社には応募もしないし、結果として人材も集まりません。自分の人生を託す会社に将来性がなければ誰も応募したくないのは当然でしょう。
 
 では、その将来性は何によって判断できるのでしょうか?一般的には、収益性や生産性や安定性などでしょう。しかし、これらの指標は過去に意思決定したり実行した戦略や戦術の遺産でまた結果であり、将来の成長や発展を保障するものではありません。
 
 企業の魅力とは当然ですが、過去にあるのではなく今後の成長性や発展性にあるのです。
では、その成長性や成長力のポイントになるのは何なのでしょうか?
それは商品開発投資や人材育成投資や事業開発などの戦略的先行投資を現在やっているか否かであります。

 成長性の高い会社は、商品開発費や事業開発費として売上高の2~3%、人材育成費は総人件費の2~3%を予算化し計画的に実践しています。1億なら約200万~300万ほどの額に相当します。

 最初から率や額にこだわる必要はありません。計画的に予算化して実行するか否かで将来が決まってしまうのだと考えて下さい。投資と回収の原理です。
 
 また、成長性の高い企業や安定的に好実績の企業は、“顧客満足度”の高い会社であります。もち論、その前提として社員が不満を持たず、社員の満足度も高い会社であります。
 
 社員が会社に不満や不信を抱いていては、お客様の期待に応えられる訳がありません。顧客満足の実現を望むなら、まず社員満足を優先し魅力ある会社創造を目指していただきたいと思います。(当経営コラム№37参照、P/PCバランス

 顧客満足、これこそがマーケティングの眼目(本題)であるのです。
 
 最後に、現状の社員の中でも、特に若い人々が魅力を感じなくなった会社や組織や幹部は、将来性どころか既に衰退の道をたどっているのだとお考えいただきたいと思います。

 何故なら、若者は将来を夢みて、今ここ、毎日の仕事に全力投球しているからであります。企業の将来と将来性は若者が握っているのも事実であります。中小企業の環境は厳しいものがあります。大企業も五十歩百歩なのです。
 
 今が最悪だと言える間は最悪ではありません。まだまだ打つ手は無限にあとお考え下さい。
 
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