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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2012/06/02(Sat)

(No.161) 経営に奇策はない 定石を守れ (1/2)

 1990年バブル崩壊後、国内では長い間デフレが続いて経済環境が激動激変しています。この様な時に経営者は一体どんな点に注意して経営をすれば良いのでしょうか?
 
 経営者が特に注意しなければならない点について述べてみたいと思います。主に財務面に絞って考察します。
 
 第一に健(安)全性、第二に収益性、第三に生産性を大事に考えて経営することが重要です。間違っても成長性を第一に追求してはいけません。この順番はバブル期の頃と比較したら全く逆の順番になります。
 
 大体バブル期までは成長性ありきだったのです。成長性を高めれば、収益性も健全性もなんとかカバーできた時代だったのです。ですから毎年売上が伸び、社員が増える会社が良い会社であると評価されたのです。
 
 しかし現在は、まず会社を潰さないことを念頭に置き倒産の最大要因となる借入金を極力減らし健全度を高めることを理想的には第一に考えることです。しかし長期や短期の借入金を急に減らすのは、なかなか難しいのも現実の姿であるでしょう。
 
 そこで現実性の高い施策を申しますと、資産の圧縮”(アセットライト)という大きなテーマで取り組み、B/Sを改善することが非常に重要であります。つまり在庫(棚卸資産)や売掛債権(売掛金・受取手形・工事未収入金など)で不良資産になっているものや、長期化しているものを少しでも改善する努力をすることです。
 
 次に固定資産をチェックし、遊休資産や不要なものは何かという視点で判断します。過去に設備投資したものでも業務に無関係なものや無駄な設備があれば資産から除却して消却して下さい。 “損切り”といいます。とにかく総資産を少しでも圧縮し身軽にすることが大切になります。
 
 資産圧縮や損切りの結果、B/Sがスリムになり筋肉質になり総資産回転率が上がります。このやり方で健全度を高めれば同時に収益性も上がっていきます。損切りするときにはB/Sが債務超過にならないことだけはご注意下さい。債務超過になれば銀行の評価では倒産予備軍とレッテルを張られてしまいかねません。いざと言うときに銀行の支援が受けにくくなってはいけません。
 
 次に収益性を上げるには、生産性の向上が不可欠であります。一人当りの限界利益(労働生産性と呼びます)や一人当たりの経常利益を特に意識して経営に当って下さい。

 特に製造業(メーカー)は、設備投資の失敗が命取りになりますから、社長は役員幹部から設備投資の要求が出た場合は現状より設備生産性が上がるか否かを必ずチェックして頂きたいと思います。
 
(次回に続きます)
 
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2012/06/09(Sat)

(No.162) 経営に奇策はない 定石を守れ (2/2)

 先回は健全性を第一に注意して経営をして頂きたいと申し上げました。特に資産の圧縮をして、B/Sを改善するという点について解説させて頂きました。

 もしあなたの会社で、膨れ上がった資産やデフレの為に含み損があれば、資産を徹底して削って下さい。資産除却処理で損切りをして特別損失を出し経常利益を減少させて、せっかく稼いだお金を社外流出させないで下さい。この処理を実施せずに無理して利益を出し納税する必要はありません。 使えるお金を増大させる経営、つまり“キャッシュフロー経営”に変えて下さい。
 
 具体的に事例を示します。仮に税引前利益が1億円でたと仮定しますと、何もしないと約5千万円の納税が発生します。その会社で不良資産や含み損をもった資産がある場合には、資産を除去し損切りすることで、除去損失が1億円でたとしますと利益がゼロになり、税金はゼロになり、1億円はそのまま残り使うことができます。“キャッシュフロー経営”の結果で借入金の返済も可能になります。

 また、利益がトントンであって、損切りの結果、損失(赤字)が1億円でたとしても、損失の1億円は7年間で黒字と相殺できますので、その後の翌期からの利益が1億円でたとしても納税は発生しません。欠損金の繰り越し控除の特例が利用できます。

 ちなみにキャッシュフロー経営ができているか否かを判断する経営指標には、償却前税引き後総資産(本)利益率(CROA)があります。私が企業を財務的に診断する時に最も重視する指標であります。    

 その理由は低成長やデフレ環境下では、売上を伸ばすより資産を圧縮して回転率を上げた方が経営が簡単であるからです。“回転主義経営”と言います。回転率を上げると結果として“キャッシュフロー経営”が実現でき一石二鳥の経営ができるからです。(経営コラムNo75参照)
 
 最後に、とにかく売上至上主義で利益とキャッシュフローを犠牲にするような経営は厳に慎み、先を厳しく読んで自社の身の丈に合った成長をして頂きたいと思います。
 
 この様な視点がこれからの経営の定石であります。定石を無視した奇策で企業が成長したためしはまずありません。たとえあったとしてもそれは一時の繁栄をもたらすだけであります。
 
 従って会社を永く繁栄させたいと思うならば定石を外さない、定石を守る、もしくは経営指標を守る経営に徹して頂きたいと思います。経営に奇策はないのであります。
 
 本日のテーマは「不況時はP/Lより、特にB/Sを大事に経営する」という定石であります。 我が社のB/Sをじっくりと読んでみて下さい(見るのではなく)。きっとどこかに問題点が潜んでいるはずであります。活学を期待いたします。

 
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2012/06/15(Fri)

(No.163) 意識を変えて堂々と生きる (1/2)

 せっかく人間として生まれてきたのだから、「俺はこれでいくのだ」「俺の道はこれなのだ」「この道以外に自分を生かす道はないのだ、これが天命で天職なのだ」という自信を持って堂々と生きることが大切でしょう。
 
 そうでないと人間として生きていても生き甲斐自己の存在価値が感じられないものでしょう。自分という人間は、「この果てしない宇宙にたった一人しかいない」、また人生は「一回限り二度とない」ものでリハーサルはありません。それに「自分の人生は他の人の代役がきかず、自分しか演じられない」。最終的には「人間は必ず死ぬ」という厳粛な不変の真理の上でみんな生活をしています。だから、自分にもっと自信を持って生きようではありませんか。
 
 つまり「人からどう言われようがやる」という信念や意気込みをもって、自分を一所懸命磨き上げるという形で生きないと生きている甲斐がありません。
 男性でも女性でもみんな同じであります。人が褒めるからやるとか、人に悪口を言われそうだから止めるという生き方はつまらないと思います。その様なことでは自分の人生というものがなくなってしまうのではないでしょうか?
 
 だから自分だけの人生の道を見つけて生きることが人生であり、人間の生きる道だと考えられます。
大体世間では、仲間外れになりたくないと思い、周りの様子を伺いながら、ウロウロと主流に従っていくというのが普通の生き方ですが、そういう生き方もあるでしょうが、つまらない生き方かもしれません。

 せっかく人間として命を授けられ、徳と才を生まれながらにして与えられた人間でありますから、はたをキョロキョロ見ることなしに、自信を持って堂々と生きるべきであると思います。
 
 要は、各人みんな主体性を持ち、個人の責任において自主的に人生を生きなければならないのだということでありましょう。

 「自信を持って堂々と生きる」という意味は、勇ましく胸を張って偉そうに、肩で風を切って生きるということではありません。
 堂々と生きるということは、心と体をバランスさせて生きるということです。何故なら人間は、心と体が一つになってないと、そもそも行動ができないのです。頭の中でいくら「俺はこれをやりたい」「堂々と生きたい」と意識していても、心と体が一つ(心身一如とか心身統一と言います)になっていないと現実に行動ができないからです。
 
 従って人に何を言われようとも、堂々と自分の人生を生きていくには、心と体をバランスさせる必要があります。
なぜかというと、人間というものは、意識すると行動がぎこちなくなります。

 例えば意識しなければ、自由に自信を持って振る舞える人でも、偉い人の前では、「この人は偉い人だ」と意識すると急に口がきけなくなったり、大勢の人の前では話をする時に上がってしまって、上手くお話ができなかったりします。人間が素直に動けるということと“意識しない”ということとは深い関係があるのです。
 
(次回に続きます)
 
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2012/06/24(Sun)

(No.164) 意識を変えて堂々と生きる (2/2)

 話は少し転じますが、東洋哲学の聖賢の言葉に「真理を得た人は、自分自身も、自分自身の持ち物もない」と述べています。「自分自身がない」ということは、“自分自身の心も体も意識していない”ということです。
そして「自分自身の持ち物がない」ということは、“物資的なものも意識していない”ということです。
 
 つまり聖賢の心境とは、頭で考える意識の世界(唯心論・観念論)も物質の世界(唯物論)も共に消し去った状態である、という意味なのです。(当経営コラムNo.141 滅諦を参照)
 
 東洋思想や哲学は行動を尊重する立場を取っていますので、自分で自分を自由自在に動かすことをとても重要視します。私達は自分の体や心を意識すると、無意味に上がったり、おどおどしたり心配したり、恐怖で恐れてみたり、腹を立てて怒ったり、人を恨んでみたりするものです。
 また、物の世界を意識すると、物から得られる刺激や感覚におぼれて、人生をより複雑なものにする場合があります。
 
 従って、私たち人間は、自分自身を意識する世界と、物の世界から抜け出す必要があって、その二つの世界が消え去った時に、本来自分が持っている自然に備わっている力を素直に発揮することができると教えています。
 
 人間が本来の力を発揮できる状態とは、何も意識していない状態であり、そして、そういう何も意識していない世界が真理を体得している世界であり、それは行ないや行動を通じてしか得られない世界であるということなのです。(当経営コラム№141参照)

 聖賢が生きていた時代は「自律神経」の存在など誰も知りませんでした。「意識から抜け出した自由な世界」「心と体をバランスさせて生きる」というのは、現代医学界で言われている「自律神経のバランス」のことだと思われます。
 
 自律神経がバランスしている状態の時に、人間は二つの意識の世界(自分を意識することと、物の世界を意識すること)から抜け出すことができると指摘しているものと思われます。聖賢の天才的直感に驚かざるを得ません。
 
 最後になりますが、日常の普段の生活において、つまらない事は気にしないということを教えているのであり、その状態の時に人間は後悔や心配や執着というものからも解放され、今ここでやらなければならない仕事にせっせと精を出すことができるということでしょう。
 これは逆もまた真なりで、あることが気になってしょうがない時でも、目先の仕事に集中して今ここに一心不乱に打ち込めば気になることも吹っ切れて消えてしまうということでしょう。
 
 いずれにしても、私達は自由に自然に備わっている本来の力を発揮して堂々と生きて行動するためには、「我」と「我がもの」という二つの意識から抜け出して離れる必要がありそうです。なんだか常識離れして、仙人にならないとできそうもないことを述べたみたいですが、そんな高度なテクニックは一切必要ありません。

 なぜならば、私が常々口にしている「名利から離れよ」と同じ意味やテーマと同一であるからであります。(当経営コラム No.151、No.152 参照)

 
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2012/06/30(Sat)

(No.165) リーダーシップとは?についての考察 (1/2)

 ソニーの創業者で故・井深大(イブカマサル)氏が語られたリーダーシップ論を、以下にご紹介したいと思います。
 
 「ソニーの社長時代、最新鋭の設備を備えた厚木工場ができ、世界中から大勢の見学者が来られました。しかし一番の問題だったのが便所の落書きでした。そこでパートのおばさんが『落書きをしないでください、ここは私の神聖な職場です』と書いて便所に張り紙を張ったのです。そしたら落書きがピタッとなくなりました」と語られています。

 井深さんは続けて「この落書きの件について、私も工場長もリーダーシップをとれませんでした。パートのおばさんに負けました。その時に、リーダーシップとは上から下への指導力統率力だと考えていましたが、誤りだと分かったのです。それ以来私は、リーダーシップを“影響力”と言うようにしました」と言われています。

 リーダーシップとは上から下への指導力、統率力が基本にある、それは誰も否定することは出来ないでしょう。しかし自分を中心として、上司、部下、同僚、関係部署などその矢印の向きは常に上下左右になります。だから上司を動かせない人に部下を動かすことはできません。

 上司を動かせる人であって、初めて部下を動かすことができ、同僚や関係部署を動かせる人であって、 初めて物事を動かすことができるのです。

 よきリーダーとはよきコミュニケーターであり、井深さんが言われた人を動かす影響力を持った人を言うのではないでしょうか。

 リーダーシップとは時と場合によって様々に変化していきます。命がけの戦場においては時に中隊長よりも、下士官のほうが力を持つことがあります。似ていますがヘッドシップリーダーシップは全く別ものなのです。

 ちなみにヘッドシップとは、権限や権力、肩書きで組織や人や部下を動かそうとするもので、ケースによったら恐怖や脅しや力ずくで相手を動かそうとするもので、リーダーシップとは似て非なるものです。

 井深さんは続けて発言されて「その当時の厚木工場の、あの便所においてはパートのおばさんこそがリーダーだったのです。そうやって自分が望む方向へ、相手の態度なり行動なりが変容することによって初めてリーダーシップが成り立つのです」とパートのおばさんからリーダーシップの本質を気づかされたと述回なさっておられます。我々もこの事例に何かを学び実践に活用したいと思います。

 またリーダーというものは自称するものではなく、他の人々がその人を敬い、頼ることによって然るべき人にのみ与えられる称号なのです

 従って今後の指導者やリーダーに求められる条件や資質は、まず①高い志を持っていることであり、②何があってもブレない信念、③を弁えている人で、礼を踏むことを知り謙虚な姿勢の持ち主、④自責の人で絶対に他責にしない人、⑤直感力のある感性豊かな人などでしょう。そして何より重要なのが⑥人間的魅力を備えていることが上げられるでしょう。

 一般的にリーダーに求められるものは、企画力・決断力・行動力・統率力等々と言われますが、これらは当然備えておくべき力、才能であり急に身に付けるとなると無理でしょうから徐々に力を付ければ良いと思います。

(次回に続きます)
 
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