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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2014/08/02(Sat)

(No.274) その日暮らし経営 から脱却せよ 

  「自分の会社を変える(改革・変革・革新)必要があると思いますか?」との質問に、あなたならどう答えるでしょうか。きっと多くのトップリーダーは「変える必要があります」と答えることでしょう。しかし現実はどうでしょうか。必要性を感じているが変えられないでいるのではないでしょうか?
 
現状を変えるには、経営の短期的成果長期的成果のバランスをとり、融合することが重要となります。短期的成果とは、会社全体や部門の目標や業績などを達成するための日常業務です。
 
  一方、長期的成果とは、組織や会社全体の将来に向けたあるべき姿、方向性の明確化であり、経営計画・ビジョン方針になります。この2つを融合することがトップリーダー・経営者の最も大切な仕事であります。
 
しかし「悪貨は良貨を駆逐する」と言われるのと同様に「短期的成果は長期的成果を駆逐する」ものです。その理由は日常業務に忙殺され、ビジョンや方針がなければ経営が首尾一貫しないからです。短期的成果は感情に流されやすく、目先重視で場当たり的な「その日暮らし経営」となり、経営体質の強化もできず、社員のモチベーションや帰属意識を高めることもできないからです
 
業績が悪化して「その日暮らし経営」になっている経営者の話をお伺いすると、決まって次のような言葉が出てきます。「将来について考えることの必要性は感じています。しかし今は、目の前の仕事が忙しく時間がありません。その時が来たら考えます」と。恐らく、この思考や姿勢では、いよいよ会社が崖っぷちに追い込まれるまでは「その時」が来ることはないでしょう。
 
その日暮らし経営」から脱出し脱却するためには、トップリーダー自らが「経営の根幹・つまり経営理念・グランドデザイン(全体構想)・それに基づいた戦略・戦術」を描くことが必要です。
 
そのためのポイントを考えてみますと、以下のような点があげられるでしょう。
 
①現状がどうなっていて、課題は何か?(現状の正確な認識
②将来どの様になりたいのか?(あるべき姿・ビジョン・方針
③そのためには、どの様なことをすれば実現できるのか(ステップを描く、成長ストーリーや戦略を描く
④それを実現したら何が得られるのか?(結果のフィードバック
⑤幹部を巻き込み、変革の当事者とする(参加型マネジメント)などであります。

 実行する最大の鍵は、すぐに取りかかることです。「いつか、そのうち」と思っている限り実行はできません。未来をこの手につかむのは「今この時」です。「その日暮らし経営」から脱却するために、さあ今すぐ始めましょう。
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2014/08/09(Sat)

(No.275) 正心調息法のやり方と心の使い方について (1/2) 

心と体を整えて健康体をキープして、事業を上手く展開するための呼吸法である「正心調息(セイシンチョウソク)法」について述べてみたいと思います。
 
正心調息法は腹式呼吸になります。やり方は調身(チョウシン)(故意に姿勢と身を整えること)調息(故意に呼吸を整えること)調心(チョウシン)(その結果自然に心を整えること)の順番です。調身・調息・調心は三位一体です。呼吸を故意にコントロールする事で自律神経や心と感情を意識しながらコントロールする方法のことです。
 
【1】正心調息法は5つのステップで構成されています。①吸息 ②充息 ③吐息 ④小息 ⑤静息の順番です。それぞれを一つずつ説明致します。
 
 吸息は鼻で息を大きく吸います。肺の底まで深く吸い込みます。
 
 充息は吸い込んだ胸の中の空気を、下腹の臍下丹田(セイカタンデン)に落とし込みます。この時、肛門をキュッと締めて下さい。そして数秒間息を止めます。
 
 吐息とは鼻か口で息を吐くことです。静かに少しずつ長く時間を掛けて大きく吐いて下さい。全てを吐き切ることです。私は10から15まで数を数えながらゆっくりと吐いています。
 
 小息とは普通の呼吸を1回します。①から④までのステップを何回か繰り返して下さい。多いほど効果が期待できます。私は状況に応じて5回から10回を目途にしています。25回を目標にしている人もあります。
 
 静息とは何回かの呼吸の後に、普通の静かな呼吸を10回ほどして下さい。これで終わりです。
 
ここで正心調息法の注意事項を挙げておきましょう。この呼吸法の特徴は、腹式呼吸と同時に想念(思い想って念じること)を一緒に実施するところがポイントです。念を込めて想念することです。つまり、一つひとつの過程を通して宇宙に遍満している「気」や「エネルギー」を取り込んで健康や事業が増進して行くさまを具体的にイメージすることです。
 
健康増進を狙いとするなら次のように、息を吸いながら心の中で「いま宇宙の無限力が丹田に収まった。そして全身に満ち満ちていく」と想念しながら念じるのです。充息の時も「全身が健康になった」と念じることです。もし治したい病があれば、「それがもう治った良くなった」と念じるのです。
 
吐息の時も「体内の老廃物や毒素はことごとく吐き出されて、全身がきれいになった」と念じる。
また、想念の中で「俺は大宇宙と一体になった」とか「俺は短気が治った」と念じているうちに、心がすっかり落ち着いて、何事が起きてもビクともしないように変化していきます。
 
(次回に続きます)
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2014/08/16(Sat)

(No.276) 正心調息法のやり方と心の使い方について (2/2) 

  【2】次に心の使い方について説明をします。正心(セイシン)とは心を正しく使うということです。正心と調息(チョウソク)は表裏一体です。正しい心の使い方をしなければ調息も効果は半減します。
 
3つのポイントがあります。①つは、全て前向きに考えること。二者択一の場合は積極性のある方を採ること。だから行動も積極的になります。行動した結果、万が一失敗に終わったとしても悔いないこと。「失敗は神や天の計らいで善である」と考えること。「そこには必ず学ぶべきことがあり、将来のためになる種がこぼれている」こう受け止めると失敗してもクヨクヨしなくなります。
 
②つ目は、感謝を忘れないこと。上を見たらキリがなく、不平たらたらとなります。ところが自分よりも不利な立場で頑張っている人を見ると、「自分はまだまだ甘い」と反省させられます。「ああ、ありがたいなぁ」「ありがたいこと、この上なしだ。自分は最高にツイてる人間だ」と心から感謝できるようになります。
 
  例えば目が見えない人、耳が聞こえない人々の自分では想像できない程の努力を見ることで「彼等と今の自分と比べたら俺は何と恵まれていて、幸せなのか」が分かるものです。「まだまだ自分は甘いのだ」と気づかされるものです。
 
  すると不思議なもので、自分のそんな心持ちに合ったことが自然に起きるようになります。ますます感謝したくなります。こうして善のサイクルに自分も巻き込まれ、ますます高まっていくのです。最初はこちらから感謝することです。
 
③つ目は、愚痴をこぼさないこと。愚痴っぽい人には、愚痴をこぼさずにはおられないようなことが起きやすいものです。自分が招いていることに気づかないから、人ばかり責めるものです。一人で悩んでクヨクヨするよりも、口に出した方がせいせいすることもあります。その時は口に出して愚痴ってもいいですが、朗らかに大きな声で笑い飛ばすようにした方がいいでしょう。「人生には無駄はない。必要だから起きているのだ」そう思うと愚痴は出ないものです。
 
この3つを日常生活の姿勢にしていると、自ずから肯定的にならざるを得ないものです。日常生活はすべて対人関係でもあります。人間、生活していればトラブルに巻き込まれることもあるでしょう。その時はトラブルを起こした相手にどうしても怒りを発してしまいます。
 
  ところが上の「3ヶ条」を念じていると、怒る自分にブレーキがかかるのです。「人を責めたり、恨んだりしてはいけない」という気持ちになります。人を恨むよりも、その人の幸せを祈ることです。「その人の幸せのために何かをしたい」と心から祈ることです。
 
人間ほど敏感な生き物はいません。相手が自分に敵意を抱いている人か、自分に好意を寄せている人かはすぐ分かります。そして敵意には「目には目を、歯には歯を」と報復してくるし、好意には善意で応えてきます。従って「相手の行為は自分の心の反映である」そう思うと、人を恨むどころか、そういうレベルの気持ちしか抱けない自分を反省することになります。「我以外 人みな 我が師」なのです。
 
 
 
★ みな様のご意見・ご質問・ご感想をお待ちしております。 yamacon@har.bbiq.jp
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2014/08/23(Sat)

(No.277) トップリーダーは からだ全体を使え 

トップリーダーのパフォーマンス(業績)は、その人の人間力の総和によって表わされます。
一般的にトップリーダーが絶対的に保有するべき、能力や資質が一つあるとすればそれは一体何なのか?また、どうやって身に付ければ良いのかと考えがちですが、一つだけと言われれば、それは使命感であると思います。しかしトップリーダーは、何か一つ優れた能力や資質や技術を身に付けたからと言って、それだけで務まるようなものではありません。
 
冒頭に述べました、人間力の総和とはどういうことなのかについて、考えていきたいと思います。
まず組織のトップリーダーは、例えば「周囲の様子が何かいつもの様子と何か違うぞ」と、あらゆる情報からその変化を敏感に嗅ぎ取る「」や、事実を見逃さない「」、聴き取る「」を持っていることが大切です。さらに肌で感じるとか、弟六感というものも大事です。
 
トップリーダーの元には、日々様々な情報が集まって来ます。一見ありふれた様に見えるものの中から、「何かおかしいぞ?」と危機を感じ取る、臭覚視覚聴覚が不可欠になります。もち論、消極的な情報だけではありません。新しいビジネスの可能性といった積極的な情報を察知することも大切です。
 
また工場や店舗に足を運び、現場からの生の情報をつかみ取ること、フットワークを軽くして率先して行動すること、則ち普段から「足腰」を強くしておくことも大切になります。「足腰」とは行動であり、現地・現場・現物に基づく実践力です。実行なくては何も成し得ないからです。
 
情報は生き物です。鮮度が大事です。充分な情報が得られてから判断するのでは、遅いことが多いものです。不完全な部分的な情報から、その情報の本質舞台裏をつかむことが大事なのです。情報を得たら、その中からその本質を抽出し、組織として何を行うべきかを判断するための「」はもち論、必須の能力になります。本質を見抜く、先を読む、構想する、マネジメントをする。こうしたトップリーダーの「考える力」が弱ければ、当然、組織は生き残ることができなくなります。
 
ただし、いくら頭が良く、足腰を鍛えており、目や鼻や耳が利くとしても、それだけでは、まだまだ不十分なのです。「」がない人はトップリーダーになってはいけません。「心」とはハートがある、つまり心が開いているとか、愛情思いやり慈しみを持って人に接することができるかということです。この「心」がなければ人はついてきません。
 
では頭と心、足腰や目や鼻や耳が備わっていれば及第かと言うと、残念ながらまだ足りません。「」が必要なのです。とは「腹が据わっている」と言いますが、勇気度胸覚悟を持って決断することを意味します
 
  どんなに頭を使って深く考え心を充分に働かせて判断したことでも、それが上手く行くかどうかはやってみなければ分からない、ということが仕事には必ずあるものです。ですから腹が据わっていない人は、勝負どころで迷うことになります。迷いは判断や決断を誤らせることにつながります。結局「決められないリーダー」ということになります。トップリーダーは覚悟して決断をする、則ち腹が据わっていることが求められるのです
 
さて、頭と心と腹を使って決断をしたら、次は「」の出番になります。部下に対して「置かれている状況はこうだ。課題を解決し、よりよい方向に進むために私はこういう決断をした。皆もこの決断に基づいて各々の立場で任務を果たして欲しい」と言うことを、説得力のある言葉姿勢で伝えられるかどうか。それが人を動かす要諦となります。説明ができ、説得ができる。あるいは組織が向かう方向を明確に述べることができる。つまり、その様なコミュニケーション能力、これも必要なのです。
 
そして実際に物事を進めていく時には、あの手この手を用いて目標を達成すること、則ち「=技術」も重要であります。さらに最後に必要になるのは「」つまり腕力です。腕力といっても殴るとか、相手を強引に屈服させて押さえ込むということではありません。
 
できればトップリーダーの持っている信頼感人間的魅力で、そうでなければ有無を言わさずに部下を引っ張って行くと言うことです。トップリーダーが「俺を信じてついてこい」と部下に言うことができ、部下も「この人が言うのだからついていこう」と思えるような関係ができている組織は例外なく強いものです。
 
今までの説明で、トップリーダーたらんとする者は、何といくつもの能力を身に付けておく必要があるのかがお分かり頂けたものと思います。これら全ての力の総和によって、その人物のトップリーダーとしての人間力が測れるのです。
 
私はこれを「ビジネストップリーダーの五体全体必要論」と考えています。この見方は、企業や組織のトップリーダーだけではなく、どんな指導者・ビジネスリーダー・政治家・官僚・学者などにも全て当てはまるものだと考えております。
 
もち論、これらの諸能力が最初からすべて備わっている人など存在しません。「頭はいいのだが、人を思いやる心が足りない人」「心は備わっているのだが、腹ができていない、決断できない人」と言う様に人には得手不得手があるものです。
 
だからこそ自分の得意な部分はさらに伸ばし、弱い部分は補強していくことが大切になるでしょう。リーダーとして良い仕事ができるのか、豊かで充実した人生を送ることができのか、それは、私を初め我々全員がこの努力をいかに続けるかによって決まるものです。お互いに活学実践修行をいたしましょう。 
 
 
 
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2014/08/30(Sat)

(No.278) トップリーダーは決断力を身につけよ 

前回のコラムで、トップリーダーにはトータルな人間力が必要だと述べました。具体的には頭、心、腹、足腰、目、耳、鼻、口、手、腕などからだ全体の能力が必要になる話を致しました。
 
今回はその話に関連して進めてみます。会社や企業が危機や有事に直面した時に、特に重要なものがあるとするならば、それは「」であると思います。腹とは前回にも述べましたが正しい判断に基づいた「決断する力」のことです。
 
  もし状況が順調で平時であれば、トップリーダーの決断力はそれ程は必要とされないでしょう。決められた手順に従って淡々と物事を進めることができるでしょう。「みんなで仲良くやって行きましょう」という調整型のリーダーであっても仕事はできるでしょう。
 
しかし、危機が発生し、企業存亡の時期に突入した時など、つまり有事の状況になると話は変わってきます。例えば火事が発生したとします。どうやって対処するかについて、皆で話し合って多数決で物事を決めていたら、あっという間に火が燃え広がり取り返しがつかないことになります。
 
トップリーダーの決断力は、こうした有事の時こそ不可欠になります。火事で言えば出火の被害を最小限に押さえるために、機を逃さずに迅速かつ大胆に決断をすることが重要になります。組織が決断を下さなくてはいけない時、それができるのはトップリーダーだけです。どんなに優秀なナンバーツーでも決断はできません。これがナンバーワンとナンバーツーの決定的な違いです。
 
  例えば昔の戦国時代で言えば、豊臣秀吉には竹中半兵衛や黒田官兵衛、徳川家康には本田正信といった優れた軍師・参謀がおり、軍略を練る上で彼等は大いに力を発揮しました。しかし決断に際しては最終責任者であるトップリーダーが自分で下すしかありません。
 
  優秀な部下が上げてきた情報や進言はたしかに参考になります。しかし、だからといってトップリーダーは、目や耳や頭を使うことを部下に任せてしまう訳にはいきません。秀吉も家康も最後は自分で決断をしたでしょう。最終的な決断をする権限や責任は、ナンバーツー以下には与えられていないからです。
 
  この決断をする時に大切になるのが、腹が据わっていることです。腹が据わっていなければ、勇気度胸覚悟を持って決断することができません。もしかして腹が据わってなくて決断をした後では、あれこれと迷いが生じ、組織を迷走状態に陥らせることになるからです。
 
  一般的には、誰でも間違わない覚悟で決断されると思います。しかし神ではないので、全てを見通した上で決断ができるわけではありません。その時点ではどんなに考えても分からないこともあるし、見えないこともあります。
 
  こんな時に一番やってはならないことは決断の先送りです。それはトップリーダーの判断の遅れが重大な結果を招来することがあるからです。経営はある意味においては戦いです。戦国時代であろうが現代の経営であろうが、組織のトップリーダーの役割は共通なテーマで同じものです。
 
  この様に決断力は、社長やトップリーダーに絶対に欠かせない能力であります。ただし決断力はそれ自体が単体で独立した力ではなく、情報収集力分析力思考力責任感使命観などをベースにして成り立っていることが分かります。結局のところ求められるのはトップリーダーの「五体」の力の総和になるでしょう。
 
  その他にも必要なものは色々とあります。教養も必要でしょう。歴史、哲学の勉強もしなければなりません。それらによって養われる大局観と言うか、状況を上から眺め俯瞰(フカン)して見る力や歴史観などが決断のベースになるでしょう。
 
  当然ですが社会の動きや流れ、環境の変化なども知っていなければなりません。この様に考えれば、厳しく表現しますと中途半端で生半可な人間は組織のトップリーダーなんてやらない方が良いし、やってはならないのでは不適任者では?と言えるのかも知れませんね。それはトップリーダーが組織の命運を握っているからです。
 
  さて、私を含めて我々は生半可な人間ではないのでしょうか?生半可な人間に該当するのではないでしょうか?ご一考を。



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