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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2014/12/06(Sat)

(No.292) 人間を経営する 

社長やトップリーダーは、企業や会社を経営するだけではなく、人間を経営していかなければならないと思います。意外に思われるでしょうが、「経営」と言う言葉は本来、仏教語であります。一般的には計画を立てて物事を推進して成果を上げることを経営と言いますが、仏教では修行・修養などのことを意味しています。
 
これからは企業を経営するだけではなく、社長たる者は人間を経営していかなくてはならないと考えています。「人間を経営する」とは、具体的に言うならば、企業が黒字になると同時に、そこで働いている社長以下、社員全員が仕事を通じて人間を完成していくことです。企業の黒字と社員の人間的成長のバランスを取っていくことが大事であり、これからの経営方法であるとの意味です。経営のトップリーダーには経営能力と共に人間性を育てていく 「人間経営」が肝要であると思います。
 
経営や経済については、仏典に「資生三業シシヨウサンゴウ」という言葉があります。資生は生を助けることです。業ゴウは作用や働き機能のことです。人間の業というのは人間の行為のすべてを指しています。この業を三つに分けています。一つ目は身体を使ってする行為、これを身業シンゴウと言います。二つ目が口の行為で、ものの言い方や言葉の使い方などで、これを口業クゴウと言います。三つ目が心の機能で、意業イゴウと言います。三つをまとめて身口意シンクイと言ったりします。良い行為を善業ゼンゴウ、悪い行為を悪業アクゴウと表現しますが、この三業にもそれぞれ善業と悪業があります。
 
東洋思想では、人間の運命というものは、神の力などによるのではなく、自分自身が創っていくものと考えられています。自分で自分の運命を立てていくので「立命」と言ったりします。従って、自分の身体の動かし方の善悪、ものの言い方の良し悪し、ものの考え方の正しさによって、自分の運命が創られていくということになります。
 
自業自得」という言葉があります。一般的にはあまりいい意味には使われませんが、正しい解釈は「自分の行為に責任を持つ」と言うことです。一般に使われています「自己責任・自責」「他己責任・他責」で言えば「自己責任」のことです。とは言うものの自分の行為に責任を持つということがなかなかできません。
 
よく熱心な経営者が社員のお手本になるようにと率先垂範されます。これも一つの業ですが仏典の教えでは少し違ってきます。自分がお手本を示すから付いて来い、という気持ちがあるから、皆ついて来ないのだと教えています。
 
そうではなくてこの様に考えて見ましょう。お手本や見本を示すんじゃない。人が見ていようが見ていまいが、後から人がついて来ようが来まいが、そんなことは問わない。社長として上司としてやるべき事だからやる。そういう生き方がトップリーダーやリーダー指導者層に求められているのでしょう。
 
話は少し変わりますが、資本主義経済学の巨匠マックス・ウェーバーは「大いに働け。大いに儲けよ。大いに蓄えよ」と言っています。内容は凄く日本人向きですが、悪口を言われても儲ける方が良いということには大抵の人が賛成するでしょう。しかし実はこの「大いに蓄えよ」の次に「そして大いに○○」と私達が考えさせられるある言葉が続くのです。
 
果たしてウェーバーは最後に何と言ったのでしょうか?その答えは「施せ」です。「大いに働け。大いに儲けよ。大いに蓄えよ。そして大いに施せ」とウェーバーは言っているのです。
 
我々が関わる経済という言葉は、経世済民ケイセイサイミン)の略です。経世は世を治め、済民は民を済う(スクウ)ことです。我々は霞(カスミ)を食べて生きることはできませんから、どうしてもお金を稼がなくてはいけません。しかし、それは自分だけではなく、大いに人に施さなければならないのです。与えること、ギブアンドギブです。喜びやお役立ちを与えることが大切なのです。究極はWin-Winの精神です。
 
京セラの稲盛和夫名誉会長は「施し」に関して「経営者は自分が今していることは人のため、世のためになっているだろうか、と常に考えることが大切だ」と厳しく戒めておられます。この言葉で「利己より利他」の経営哲学で経営なさっていたことが良く理解できます。

  組織運営に関して。組織は社員すなわち人間が組みます。どんなに小さな職場であっても、皆の心が揃わなければいけないし、組織は人間の「気」を組むものです。それぞれ個性ある人間ばかりです。何等かの癖(クセ)を持った人間と、癖のない真っ直ぐな人間とを組み合わせることで組織は強くなります。
 
  真面目な人間や癖のない人間ばかり集めたら能率も上がらないでしょう。木造建築でも真っ直ぐな木だけでは建築はできないし、強度が保てないのと同じことです。様々な社員が持つ、様々な癖や個性をどう生かすかが経営者や管理者に問われるのです。人間をただ物理的に配置するのではなく、その心と心を組み合わせることが大事だということです。
 
最後にしますが、「人間を経営する」時の最大のポイントについて。それは上に立つ者ほど、どこまでも謙虚であって下さいという点です。部下の非を責めたり、間違いを責める前に自分の人間としてのの足りなさを恥じる、この姿勢を忘れないで下さい。これまた、不思議に部下に通じるものであります。
 
 
 
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2014/12/13(Sat)

(No.293) すべての「かも?」は実現する (1/2) 

  未来を思い通りに予知・予感する能力の正体は、大脳の扁桃核(好き嫌いの脳・感情の発信源)の判断によって生じた「否定的か、あるいは肯定的なかも?」のどちらかであると言われています。
 
  それは一体どういうことなのでしょうか?結論から示しますと、
もし、扁桃核が「」(好きだ・楽しい・嬉しい)を示したときには「出来るかも?成功するかも?」という「肯定的なかも」「肯定的な予感」が脳内に発生し、反対に、扁桃核が「不快」(嫌い・辛い)を示したときには「出来ないかも?失敗するかも?」という「否定的なかも」「否定的な予感」が発生すると言われているのです。
 
この予感の二種類の「かも」は、まだ明確なプラス思考でもマイナス思考でもなく、思考が形成され概念化される前のファジーで曖昧な「感じ」であるため、これまでの能力開発では見過ごされて来ましたが、このファジーな予感こそが未来を決めるということが分かってきました。
 
もちろん、当たる予感と当たらない予感がありますが、不思議なことに、悪い予感ほど的中すると多くの人は考えています。しかし、悪い予感の方が当たるのには、それなりの理由があります。それは、否定的な悪い予感は努力の必要がないからです
 
そもそも「出来ないかも?失敗するかも?」という「否定的なかも」に落ち込み、抜け出せなくなっている人達の共通点を挙げれば、上手くいかない原因を「自分のせいではない」と考えているからです。
 
どういうことかと言いますと、悪い予感を抱く経営者・トップリーダーは皆、自社の衰退や減収減益の理由を「社員が無能だから儲からない」「政府の政策が悪い」「不況のせいだ」「円高や円安のせいだ」などと、自分以外の誰かの責任、つまり「他己責任・他責」にしている人が多いのです。
 
実はこれが、現状の経営を改革したり革新できない人達の特徴なのです。「能力のない部下のせいで、今年も売上が伸びなかった」等という発想は、要するにその能力のない部下の方が自分よりも決定的な影響力を持っていると暗に認めている様なものなのです。
 
つまり「自分はこの事態を改善できない」「状況に太刀打ちできない」と、無意識のうちに自覚している人が責任転嫁という守りに入るのです。人が自分を守ろうとするのは、必ず「否定的なかも」が脳に充満しているときです。
 
よって「この不況は絶好のチャンスだ」と思える経営者・トップリーダーは、絶対に「不況のせい」とは言わないものです。業績回復の肯定的なイメージを抱く社長は、今の不振を社員の責任に転嫁することなど万が一にもあり得ないのです。
 
すなわち、扁桃核が「不快」になっている他責型の人間は、誰かを責めたり何かを批判したりしながら悪いイメージを反復し、望ましくない否定的な未来の「かも」に完全に支配されてしまいます。この様にして、悪い予感は見事に的中し、ツキも人望もない能力発揮のできない経営者ができあがるということになります
 
余談になりますが、大脳心理学的に考察して不況を眺めてみますと、不況とは「悪い予感」と「否定的なかも」の累積と言えます。不況になると、みんながマイナス思考になって悪い予感ばかりになっていきます。その予感がドンドン的中するから、不況を脱出するのが極めて難しくなるとも言えるのです。この様に考えますと、経済は我々の心理と密接に関連しているのかも知れませんね?
 
さて、話を戻しますが、前述の悪い予感ではなく、反対の肯定的な良い予感が実現するには何等かの努力が必要となります。卑近な例を挙げますと、若い未婚の男女が相手に恋をした時などは、「ひょっとしたらこの人と結婚するかも?」と肯定的予感が働き、相手に気に入られようと精一杯、一心不乱に努力する事例などが良く表していると思います。私事で恐縮ですが、40数年前にそう言えばその様な体験をしたことが思い出されます。
 
この様に脳に「肯定的な予感」「肯定的なかも」がある人間は、どんな困難な状況に置かれても「これは自分の責任だ」「この問題は私に与えられた試練だ」と考えられる「自己責任・自責」のメンタリティを持っています。だからどんな困難な状況に置かれても、ウキウキワクワクしながら努力を続け、最後にはとんでもない大きな夢まで実現してしまうのです。その様にして「良い予感」「肯定的な予感」「肯定的なかも」は予感通りに実現していくのです
 
以上が否定的でも肯定的でも予知・予感能力の正体になります。要は、皆さんが日頃抱かれる、否定的でも肯定的でも、すべての「かも?」は実現するという脳科学的な法則になります。
 
(次回に続きます)
 
 
 
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2014/12/20(Sat)

(No.294) すべての「かも?」は実現する (2/2) 

前回は、すべての「かも」は実現するという脳科学的なメカニズムの説明を致しました。ちなみに、「当たらない予感」を他の言葉で表現しますと、希望的観測と言います。希望的観測は潜在意識から生まれる予感とは違って、表面的な脳である大脳新皮質(知の脳)が生み出した観念にすぎないのです。
 
つまり、希望や願望の「なになにしたい」「なになにであって欲しい」という希望的観測の裏側には「無理かもしれない?」「出来ないかもしれない?」という予感が必ず潜んでいるのです
 
  そして、どちらが実現し易いかと言えば、それはもちろん表面の意識的希望や希望的観測よりも、はるかに強力な無意識・潜在意識から発生した予感であります。なぜなら、私達の脳は予感を抱いた瞬間から、全力でその予感を実現しようとするように最初からプログラムされているからです。
 
  一般的に、どんなに「プラス思考になろう」と大脳新皮質(知の脳)で思っても、大脳辺縁系(感情脳)に蓄積された過去の感情記憶のデータがマイナスに条件づけられている限り、絶対にプラス思考にはならないと言われています。要するに、マイナス思考もプラス思考も本人にとっては、すでに確信になっているからです。だから、確信になっているものを変えることは非常に困難なことなのです。
 
しかし、過去に縛られずに、今からでも自己変革をして経営革新をしたいと考えておられる方々は、心配はご無用です。過去の事実は変えられませんが、過去の記憶データはいくらでも変えられるのです。可能なのです。なぜならば扁桃核の「不快」の判断は、ある方法によって簡単に「」に塗り替えることができるからです。
 
その答えは、心を司る感情脳(大脳辺縁系)に直接働きかける技法になります。理屈や理論では人間を強力に動かすことはできません。しかし理論や理屈でいくら説得しても変わらなかった人が、感情脳を標的に扁桃核の判断を変えられてしまうことによって、思考パターンも感情パターンも、そして価値観さえも一気に激変するのです。
 
昔、地下鉄サリン事件が起きたときに、マスコミでマインドコントロールという言葉が大々的に取り上げられました。この言葉は洗脳などの悪いイメージで記憶なされている方も多いと思います。この手法は心理的操作のことです。大脳心理学的に使われている理論・手法です。
 
心理的操作の手法に簡単に触れておきたいと思いますが、まず第一段階は「揺さぶり」というステップです。その人の価値観を揺さぶり、その人が作り上げてきた考え方や感じ方を払拭することを言います。例えば、恐怖を与えるという「揺さぶり」の手法があります。
 
強い恐怖や不安は人間の脳の最も大きな弱点の一つなのです。この手法は人の尊厳を無視する行為ですから、当然薦められる手法ではありません。人を動かす動機付け手法の中にある、恐怖のモチベーションという方法と似通った手法になるでしょう。
 
ちなみに、最初に説得と言う手法を用いてしまうと、相手の理屈脳(大脳新皮質内の左脳)に疑いが生じ拒否反応を示されてしまいます。理屈の脳は本質的に自己防衛的です。従って理屈に働きかけるより、その人が今日まで生きてきた価値観を揺さぶり、突き崩してしまう方が人間は簡単に変わってしまうのです。
 
前述のように恐怖の心理的操作は使ってはいけませんが、「揺さぶり」は過去や現在の延長ではない、新しい未来をつかもうとする人には絶対に必要なものです自己を変革し、今後、経営を革新しようと考えられているトップやリーダーの方々には是非必要だと考えられますなぜなら、夢や願望を実現しようと考えている人は、過去の記憶データが作りだした常識を突き破って進まなくては、夢や目標は実現しないからです
 
実践方法を具体的に言いますと「今の自分で良いのか?いや、このままではいけない」「今の能力で良いのか?いや、このままではいけない」と今の自分に満足することなく、自分で自分に「揺さぶり」をかけて、努力を続けた人だけが、望む成功を実現することができるのです
 
心理的操作の第二段階は「埋め込み」と言います。新しい価値観を埋め込むことを意味します。物でなく相手は人間ですから、そう簡単ではないと思います。低次元の価値観しか持ち合わせない人には、より高次の価値観を説明し伝えたりすることが必要になるかも知れません。
 
最後の第三段階は「徹底強化」と言い、新しい価値観を確固たる信念にすることを言います。この様なステップで扁桃核(好き嫌いの脳)の不快を完全なへと変化させ、脳を条件づけするのが心理的操作の簡単な説明になります。
 
最後にしますが、この手法が、現在経営の現場でも応用が進んでいます。「人を動かす」ことや、部下や組織を「その気」にさせるなどで経営革新が行なわれているのです。今後はもっと普及していく手法になるでしょう。
 
ひょっとしたら、大きな使命や夢を持つ経営者・トップリーダーにとっては必須のノウハウになるかも知れませんね。企業の規模に関わらず応用・活用の価値は高いと考えられます。大脳心理学を応用・活用して、経営の現場はイノベーション(革新)が進んでいます。どこまで進化するのか将来が楽しみであります。
 
 
 
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2014/12/27(Sat)

(No.295) やる気を引き出す モチベーションとリーダーシップ (1/4)

やる気」は、仕事でもプライベートでも我々の人生に深くかかわっています。「やる気」は学術的にはモチベーション(動機づけ)と呼ばれます。
 
  モチベーションという言葉は昨今、日常的にもよく使われていますし、既に市民権を得た言葉ともいえるでしょう。しかし言葉の上で理解はしても、実際にモチベーションとはいかなる考え方であり、組織のメンバーのモチベーションを引き出すには、どの様に働きかけたら良いのか?この様な疑問が残っているのも事実ではないでしょうか。この様な視点でモチベーションやリーダーシップを深く掘り下げて考えていき、実践で役立てる一助にして頂けたらありがたいと思います。
 
モチベーションとは「やる気」を意味するものだと分かっていても、いざ、誰もが理解し納得できるように説明するとなると案外難しいものです。
 
  それでは、モチベーションの定義とは一体何でしょうか?それは「何か目標とするものがあって、それに向けて行動を立ち上げ、方向づけ、支える力」と定義付けされています。
 
この定義では、モチベーションの3つの要素が指摘できます。
1つ目は「目標に向かって行動を立ち上げる」こと。つまり「よし、やろう」という気持ちが湧いてくること。
2つ目が「方向づけ」。これは何かに対し、どの様な理由で行動を立ち上げるかを定めた方向性のこと。
3つ目は「支える力」で、定めた方向に向けて行動を立ち上げて維持・持続することです。
 
この3つの要素のいずれが欠けてもモチベーション(やる気)は湧いてこないことは、日常生活を振り返ってみても分かると思います。とりわけ、意識を方向づける目標(実現したい状態のこと)がなければ、行動も立ち上がらないし、持続しようもありません。その様に考えるとモチベーションを喚起するには、まず方向性を明確にし、そこに向けて意識を高めて持続することが求められます
 
この様にモチベーションは上記3つの要素で構成されていますが、この「行動を立ち上げる」ということに関して、さらに掘り下げてみますと行動に影響を及ぼす2つの要因があります。1つは個人が有している内面にある「欲しい」という気持ち、つまり「欲求」であり、専門的には「動因」と呼ばれます。
 
もう1つは、人の外面にある、この「欲しい」という気持ちを満たすものや、ターゲット(標的・目的・狙い)を意味する「誘因」です。この2つの「動因」と「誘因」が揃うと、目標の方向性が定まります。その目標に向かって行動を立ち上げ、達成に向けて気持ちを維持しようという一連の心の動きがモチベーションなのです。
 
ところで「馬の鼻に人参」と言って、魅力的な「ご褒美」を見せれば、それに向かって誰でも一所懸命頑張るものだとの言葉があります。この様に外部から何等かの報酬を提示することや、或いは逆に目標を達成しないとを与え恐怖を与えるなどの「アメとムチ」によって喚起されるモチベーションのことを「外発的モチベーション」と言います。私達の毎日の生活において、外発的な報酬や罰がモチベーションの喚起に影響を及ぼしている部分は多いと思います。事例は説明するまでもなく事欠かないでしょう。
 
  仕事上の生活においても、給料が上がったり、昇進すれば、嬉しいし、逆に給料が下がったり降格されれば転職を考えたりもするでしょう。その様に考えると外発的モチベーションは我々の日常生活におけるモチベーションに深く関わっているものなのです。
 
また「ご褒美」と並んで我々のモチベーションに深く関わってくるものがあります。それが「やりがい」です。何かに「やりがい」をもって取り組んでいるときは、何かの見返りを期待しているのではなく、やっていること自体から得られる満足を求めているのです
 
この様に何かに取り組んでいることに対する「好奇心」であるとか、「興味」「達成感」「面白さ」などによって喚起されるモチベーションは「内発的(自発的)モチベーション」と呼ばれます。前述の「外発的モチベーション」と並び称せられ相反する性質を持っているものです。
 
組織や職場において給料や待遇がいくら良くても、やっている仕事に何の「好奇心」「興味」「達成感」も持てずにいたら「やりがい」は湧いてこないでしょう。そのことを続けていくモチベーションも、やがて減退していくでしょう。
 
  一方、広い世界を見渡せば、世の中には「使命観」や過去に打ち立てた「確乎不抜の志」で色んなテーマに取り組んでおられる方もいらっしゃいますが、それは内発的モチベーションの中でも一層高まった高次元の動機になると思います。
 
日常の生活では先立つものがなければ困ってしまいますが、その反面、先立つものだけではずっと続けていくことは、なかなか難しいということでしょう。我々の多くは、少しでも毎日の仕事や生活に「やりがい」を見出そうと、ものの見方考え方を深めたり、友人と語り合って愚痴を言い合ったり、あるいは諦めたり、抑圧された心でストレスを感じながら生活しているのかも?知れませんね。
 
この様に、モチベーションを語る上では、外発的モチベーション内発的モチベーションの両側面をバランスよく考慮することが求められているのです
 
(次回に続きます)
 
【執筆者よりのご挨拶】
今年も1年間、お読みいただき誠にありがとうございました。来る2015年があなたにとって,良い年であります様に心からお祈り致します。どうか良い年をお迎えください。
★ みな様のご意見・ご質問・ご感想をお待ちしております。 yamacon@har.bbiq.jp
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