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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2015/05/02(Sat)

(No.313) 宇宙の哲理・天地自然の理法体系 (2/4)

【Ⅰ】絶対必然の世界について 前回からの続きです。
 
2)人間と人生の領域での不易の世界・・・人間観・人生観・死生観の世界
 
天地大自然と同様に人間・人生にも四季があります。青春、朱夏、白秋、玄冬と言われます。だが人生は誰でも平等で一回限りの四季であります。人生には「生老病死」「生者必滅」「会者定離」の絶対の真理があり誰も変えることができません。これもまた不易の世界になります。しかし自然のように永遠はあり得ません。
 
また人間は宇宙の一微粒子の存在でもあります。人間は「小宇宙」であるとも言います。我々は「宇宙の哲理」で生かされています。心臓は自分の意思で動いていません。心のみが、自由意思で制御可能であります。自律神経などの神経系統も自分の意思でコントロールができません。宇宙の意思に従っているだけなのです。
 
この様に人間は日常生活も天地自然に従った生活をしないと健康を維持することができない様です。だから健康を害したら自然の状態に戻れと言われています。自然に合致した生活が正しいということでしょう。自然のまま、自然そのものが良いということでしょう。
 
また、ヒトは一人では生きていけません。ヒトとヒトの間で生きているから人間と言います。自然には欲心がありませんが、人間には私利私欲があるのも不易の事実です。利己・自我・自己中心の生活では、人生はうまく行かないのが理法です。それは真理に反しているからでしょう。「天地自然の理法」に適カナった生活をすると全てうまく行くのが理法です。それが真理に合っているからでしょう。
 
約700万年前、アフリカで人類が誕生したと言われます。トゥーマイ猿人といわれています。以来、猿人・原人・旧人・現代人と進化を続けています。現代人の歴史はわずか1万年弱の文化です。宇宙大自然の時間軸で見れば、我等の人生はほんの瞬間でまばたきの様なものであります。
 
人間と人生は「有限」であります。「人生二度なしの原則」「一人一回限りの命」「人間は必ず死ぬ」という変えられない不易の世界での有限であります。
 
3)企業経営・国家の領域での不易の世界・・・経営観・経営理念の世
 
人工的で自然発生でなく、便宜上人間が作ったもので常に循環するものです「栄枯盛衰」「盛者必衰」「順境逆境」「好景気・不景気」「好況・不況」と循環するものです。創業設立、成長、成熟、衰退、破綻、倒産、急成長急降下などと現象が次々と起こります。
 
企業や国家は、人類の進化と発展、幸福と平和の実現のために存在するものです。よって利他性の追求が求められ、世のため人のために貢献するからこそ存在価値があります。また企業は「環境適応業」であり、社会環境の変化に適応することをもって業を成すものです。変化に適応できない時は衰退が待っているだけです。循環の世界の中で、企業や国家は潰れることもあり得る存在なのです。よってそれを避けるために人間の努力が必ず必要になります。
 
企業の最大の宝は「社会的信用」です。信用はお金やテクニックでは絶対買えません。人間関係や心、汗でつくるもので時間がかかるものです。約束を守る、嘘を付かないなど誠意・礼節が必要になります。また、企業は「公事・公器であり、「私事・私器」ではありません。私利私欲・私心をはさむと必ず行き詰まります。これらの点は決して変えてはいけない不易の世界であります
 
この点を信念化できれば企業は見違えるほど進化発展するものです。企業経営・国家の領域は「有限」であります。努力を怠れば人間と同じような運命が訪れます。しかし努力如何で永続することも可能であります。
 
(次回に続きます)
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2015/05/09(Sat)

(No.314) 宇宙の哲理・天地自然の理法体系 (3/4)

【Ⅱ】次に相対(待)の世界について
 
前回までは絶対必然の世界で、不易(ふえき)についてでしたが、今回は、相対(待)の世界で、変易(へんえき)について触れて見たいと思います。変易とは、変化する・変わる・変える世界のことです。天地万物はすべて変化するものばかりです。森羅万象はすべて変化するとの意味です。変わらないものは何ひとつとしてありません。
 
無常」とも言います。常で無い、変化している、止まらない、一定でないとの意味です。宇宙は絶えず発展し、創造進化・創造化育つまり「造化」してやまないものです。常に永遠に循環しています。人間は病気もすれば治癒・回復もするし、赤ちゃんは小児・子供・大人へと誰でも変化成長します。
 
宿命」(運命は最初から決まっている)ではなく、「立命」(運命は自分の意志で変えられる)が正しい考え方になります。変わる易カわる・変える易カえる世界であり、考え方やり方一つで大いに易カえることができるとの考え方に立っています。「無常」(常でない)と「無我」(全て関わり合って存在している・相互依存関係のこと)の世界のことになります
 
ではこれからは、前回までと同じ様に(1)天地・大自然・宇宙(2)人間と人生(3)企業経営と国家の三つの領域に分けて順に進めることに致します。
 
1)天地・大自然・宇宙の領域での変易の世界・・・宇宙観・世界観の世界
 
  今年の春と昨年の春は、同じ春でも内容は違っているもので変化しています。草花、木の成長も昨年とは微妙に違っています。毎日の気象・天気は、晴・曇・雨・雪・雷・霜・霰アラレ・霧・台風・地震と常に刻々と変化しています。天地は、水・空気・光・酸素・炭素・温度・湿度等を無償で大自然から頂いています。またそれらの力によって養われています。
 
その天地大自然のエネルギーが、生きとし生けるものを生育発展させ養っています。人類も同じで他によって生かされているのです。微生物・植物・動物・人間で生態ピラミッドを作って生息しているのです。お互いに支え合って、お互いに依存し合いながら存在し生きているのです。万物森羅万象は千変万化する世界で相対(待)の世界になります。この領域は「無常」(常でない)と「無我」(全て関わり合って存在している・相互依存関係のこと)の世界であります。
 
2)人間と人生の領域での変易の世界・・・人間観・人生観・死生観の世界
 
地球上の約72億の人間の人生は72億のパターンがあります。2100年頃には100億の人口になるかも?食糧危機の到来かも?知れません。誰一人として全く同じ人生はありません。内容・長さ・太さ全て違っています。我々の人生も無常で、常に変化しています。千変万化するものです。順風あり逆風もあります。順境あり、逆境あり、艱難辛苦あり、千辛万苦あり、富貴貧賤ありで相対(待)の世界であります。
 
長い人生においては、人間は苦しみが大きければ大きい程、変化・成長するものでもあります。順境では強い精神は育たないからです。万が一、逆境に遭遇・対峙しても「絶対必要」 「絶対必然」 「絶対最善」の考え方で乗り切ることが重要でしょう。
 
人間社会においては、国別・男女・時代背景・職業・上司・家族・兄弟・師・友人・学問・その他・人間関係・環境等は、常でなく無常で千差万別で千変万化するものです。これまた相対(待)の世界・変易の世界になります。
 
そもそも人間は一人ひとり「役割」と「使命」を与えられ「性」と「生」を受けて生まれてくるものです。皆、天から「」と「」サイを与えられ生まれてきます。「」と「」を磨いて「運命」を創っていき「立命」するのが、人間の「使命」と言われています。「成徳達材」セイトクタツザイと言います。徳を大成させ、才能を上達させることを言います。天から与えられたものを最大限に活用することです。活用しなければ宝の持ち腐れになるでしょう。各人の潜在能力は無限で宝の宝庫なのです。
 
また人間の心は大宇宙よりも大きいもので広大無辺です。心の力・想像力を善用することです。未来苦労である「取り越し苦労」は、想像力の悪用になります。だから取り越し苦労は厳禁です。人間としての資質(人間性・人間力・人格)を高める努力をなおざりにすると、ただの働きバチで終わってしまいます。これまた「無常」で変化するもので相対(待)の世界・変易の世界になります。
 
3)企業経営・国家の領域での変易の世界・・・経営観・経営理念の世界
 
国の姿は地理・歴史・伝統・文化・政治・経済・人種・言語・人口増減・年齢構成・GDP・金利・為替などすべて千差万別で常に変化しています。
 
  同じ様に経営体も「無常」で常に変化するものです。いつも一定で変化しない組織体など、この世に存在していません。規模の大小や経営体質は千差万別で全て違います。業種・業態・業界やビジネスモデルで違います。米国・西欧・日本・中国・ロシアなど国や民族が異なれば、経営思想・経営哲学・経営理念・経営手法もすべて異なっています。皆さんの会社もその中のほんの一つに過ぎないのです。
 
組織や企業は人によって栄え、人によって衰退する」「事業は人なり。国家も人なり」で、特にトップやリーダーで決まってしまいます。各企業で成長衰退のサイクル・形態・スピードは全て異なり変化します。相対(待)の世界になります。人間が経営することだけはみな共通です。しかし経営者やトップリーダーの人間性と価値観の違いで結果で多いに差異が生じるものです。
 
日常の経営活動は、ほとんど人間が作った「人間の物差し」(相対の世界)がベースになっています。3拍子の「目先のみ」 「自分(達)のみ」 「損得のみの思想です。この 拍子だけの思想では、経営体は将来必ず行き詰まってしまいます。継続永続など夢のまた夢でしょう。

 
それは前回述べました様に、企業経営領域の不易の世界の真理に反しているからです。よって従来の固定観念や常識とかにこだわらず新しい尺度や理念を再認識して再構築することが私達に求められています。
 
約250年前に英国で産業革命が起こりました。それ以降、物質資本主義文明が発達しました。現在、金融工学を駆使した金融資本主義が終焉を呈しています。人材資本主義などの新しい思潮が芽生えつつあります。これまた「無常」と「無我」(全て関わり合って存在している・相互依存関係)「変易」の世界であります。
 
(次回に続きます)
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2015/05/16(Sat)

(No.315) 宇宙の哲理・天地自然の理法体系 (4/4)

【Ⅲ】最後は応用活用の世界についてです。
 
今まで不易(ふえき)と変易(へんえき)について述べてきましたが、今回は易簡(いかん)という言葉について触れてみたいと思います。現代では余り使われていません。逆にした簡易の方が一般的に使われています。人生や事業に簡単に活用・実践できる世界のことを指しています。
 
ところで「天地・大自然」や「人間・人生」や「企業経営」には法則性やルールがあります。故にすべての創造変化つまり「造化」の学問は、知り易く従い易く、実践に応用活用ができるとの意味になります。易簡とは応用することはシンプルで簡単・簡易であるということになります
 
長い人生や企業経営には、複雑な理法があり「因果の理法」あるいは「因果の法則」と言います。皆さんご存知であります。それをいかに早く学び、生活・人生・仕事・経営・事業などに活用実践してゆくかに重要な意義があります。このことを「易簡」(いかん)と言います。やさしく言えばその法則が分かると、ある程度自分で法則をコントロールできるし、法則に支配されない状況を作れるとの意味になります。つまり誰であっても自主的に「立命」ができるとの意味になります。以下三領域に従ってひとつずつ見て行きたいと思います。
 
1)天地・大自然・宇宙の領域での易簡の世界・・・宇宙観・世界観の世界
 
天地も運命で創造進化しています、造化しています。天には天のルールがあり「天道」と言います。地には地のルールがあり「地理」と言います。二つの「天道・地理」を合わせて→「道理」と言います→略して「」(みち)と言います。トップリーダーや指導者はこの「天地自然の理法」を知り、理法に従って行動・経営することが大切になるでしょう。
 
  人間は文化文明を自分達だけの力で実現したと考えて、小さな人知・小なる自我にとらわれ、この理法に反する考えや行いをして不幸や争いを起こして来ました。失敗し悩みもして来ました。理由は真理に反していたからでした。もともと大自然に存在しているものを発見して活用したに過ぎなかったのです。自然科学は天地大自然・大宇宙に至る法則を物質の立場から研究し、その法則をつかもうとする学問です。相当進んだ様にも感じますが、まだまだ未知の領域も多いものと思われます。人間の叡智と努力に期待したいと思います。
 
2)人間と人生の領域での易簡の世界・・・人間観・人生観・死生観の世界
 
人生も運命です。創造進化しています、造化しています。人には人のルールがあります。「義理」と言います。「義理」を略して→「」と言います→「道義」とも言います→略して「」と言います。前述の天のルールと地のルールの「道」と重なり一つになりました。「」は実践することで「」になります。「道」と「徳」が合わさって「道徳」と言います。「道徳」とは人間としていかにあるべきかのことです。
 
運命の「」はめぐる、動く、運ぶの意味です。常に活動して変化して止まないものです。「」(めい)は必然で絶対的なもので、人間のわがままを許さないものです。先ほどの「因果の理法」を含んでいます。この理法を「(すう)と言います。よって「」を探究することで我々の人生をいかに生きるべきかの行動実践の学問となりました。それを「人間学」と呼びます。「修己修身」「修己治人」「修己知命」「楽天知命」等がメインテーマになります。 
 
  「人間学」は2500年以上も風雪に耐え、先人の英知の結晶であり色んな答えが示してあります。学ぶか否かで人生が大きく変わります。なるべく早い時期に触れられることを提言したいと思います。「人間学」とは人生の羅針盤となるものです。人間を徹底的に究明する学問です。「」の究明であります
 
3)企業経営・国家の領域での易簡の世界・・・経営観・経営理念の世界
 
経営には経営のルールがあります大事な「利益」を略して「」と言います。上の人間のルールで説明しました「」とこの「」は表裏一体になります。「義」に適うものが本当の「利」になります。「論語と算盤は表裏一体」と同じ考え方です。

  「
君子は義(正か否か)に喩サトり、小人は利(損得)に喩る」や 「利によりて行えば怨み多し」(論語) 「義利の弁」と言い、何れを優先するのか? 等の教えが残っています。現代でも十分通じる思想だと思います。 

  知識・技術・テクニックだけでは、経営を永続させるのは難しく、人間学の探求を通して人間が分かってないと成長・発展・永続は不可であります。それらはすべて人生や仕事の道具にしかすぎないのです。どんなに立派な道具を揃えていても、それらを使う本人が人間として立派でないと決して良い仕事はできないからです。人材育成の重要性と必要性が理解されることでしょう
 
の上で知識・技術・テクニックなどのを運用するのが基本になります。経営は体験学であります。利己・エゴ・我欲中心の企業は潰れていくでしょう。私が常々口にする「利他・喜他」の精神が最高哲学になるでしょう。
 
今まで触れてきました「人間観」の確立と「宇宙観」をしっかり確立することが重要です。そもそも「宇宙の哲理」は万物全てを生かすように働いているのです。世の中はもともと全てうまく行く様にできているものです。これが宇宙の真理なのです。経営は真理に従う限り必ず成功するものです。小手先のテクニックを使うとダメの様です。つまり「天地自然の理法」に従うことになるでしょう
 
前回に述べました「人間の物差し3拍子」のみで判断決定するとミスをすることが多くなります。注意して下さい。使命観・人間観・人生観・宇宙観・世界観を探究しそれらに基づいた「経営理念」を確立することです。経営者にとって最重要なテーマになります「経営学」と「人間学」は車の両輪です。どちらが欠けても前に進めないのです。時間を掛けてでもバランスよく力を付けることが重要になるでしょう。
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2015/05/23(Sat)

(No.316) 肩書き社会の虚構に備えよ (1/2)

肩書きは絶対でなく相対的なものです。どちらかと言えば短期間のもので瞬間的にも変わる性格のもので一時の名札に過ぎません。昔、私達の小学生時代にありました腕章みたいなものです。
 
  そもそも個別企業の社内序列を示した肩書きなどは世間には通らないものです。どこでも通ると錯覚している人もおられる様ですが本質的には違います。もしどこでも通るものと思っておられるとすれば嘆かわしいものであります。
 
また、その肩書きで人を引き付け、魅力化することはできません。あくまでも人間そのもの、人柄・人格・品格・品性で魅力が醸し出されるものです。また品性・品格は覆い隠せないものです。その人の品性・品格は人相にも現れるともいわれます。
 
  肩書きをもち、高価な衣装を身に付けていても、人の品性まで覆い隠すことはできません。真の人格者とは自然に表ににじみ出てくるもので、品性が感じられるものでありましょう。
 
  しかし、現実の日本人社会は肩書きの社会です。昔と比較すれば少しは変わったかも知れませんが、肩書きや学歴がものをいう社会でしょう。本人自身の内容、本人自身の実質、本人自身の人間性を離れて、どこの大学や学校を出ているのか、どんな資格を有しているのかなどをまず問題にするようです。肩書きや資格を重視する権威主義の社会とでも表現してよいのかも知れませんね。
 
  表面だけ肩書きだけを見て本人を決定付ける国民性や慣習があるからなのでしょうか?江戸時代の士農工商という身分制度で、人を職業で分類し階級付けをした名残がまだ続いているのでしょうか?
 
  肩書きと似ている言葉に「所属価値」というのがあります。所属価値とは、どこの組織や会社に勤めているのか、所属しているのかと言うことを示す言葉です。現在の社会は圧倒的に被雇用者のサラリーマンが占めています。大きな企業では経営者もサラリーマンなのです。
 
  ある会社に就職し所属した後、数十年が経過して60歳とか65歳とかの決まった年齢に達したら定年退職が待っています。するとサラリーマンは退職と同時に所属価値を瞬間的に失ってしまいます。大きな組織の権威をバックに肩で風を切る勢いだった人達も、会社の社員という所属価値や肩書きを失ってしまえば、誰からも相手にされなくなるものです。ただの人になってしまいます。本人自身の実質や実力とは関係なく大いなる変化が待っているのです。
 
  この様に、所属価値で生きてきた人々は、所属価値が無くなってしまえば哀れなものであります。サラリーマン時代に通じていた価値が退職と同時に消失してしまいます。使えなくなってしまうのです。所属の価値は過去のものになり、今までの自分の価値は所属の価値や肩書きの力であり、自分の実力ではなかったのが初めてわかります。
 
 「そうか俺は錯覚していたのか、思い違いだったのか」と、悔しい気持ち寂しい気持ちが浮かんで参ります。もっと早くその事に気づけばよかったと反省や後悔をする様になります。ほとんどの方々が・・・。
 
 「サラリーマン 所属の価値が 通じるが 退職したら その価値消える
 「退職後 所属の価値は 過去のもの 所属なくせば ただの人なり」 現実は誠に厳しいものであります。
 
(次回に続きます)
 
 
 
★ みな様のご意見・ご質問・ご感想をお待ちしております。 yamacon@har.bbiq.jp
 
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2015/05/30(Sat)

(No.317) 肩書き社会の虚構に備えよ (2/2)

前回のコラムは画面右上のNextのボタンをクリックすればお読みいただけます。
 
前回「所属価値」というものは、定年や退職と同時に瞬間的になくなってしまうものと述べました。その時に我々に問われるのが「所属価値」ではなくて「存在価値」というものです。言い換えれば「どこの企業のどういう肩書きの方ですか?」から「あなたには何ができますか?何ができるのですか?」という問いへの答えが求められるのです。「存在価値」の中身は、その人の本来の力、実力、強み、特技などがイメージできると思います。
 
定年退職は人生のゴールつまり到達点ではなく、通過点・折り返し地点に過ぎないのです。退職後にまだまだ人生は続いていきます。この様に人生の後半戦をどう生きるのか?を若い時代から準備しなくてはいけなくなって参りました。
 
人生の 後半戦を どう生きる 存在価値が あるかないかだ
その人の 存在価値は 何だろう 何ができるか それが問われる」と言えるでしょう。
 
皆さんご承知の様に、これからのわが国は、少子高齢化・長寿化社会が今よりもっと進み「人生100年時代」の到来が目の前に迫ってきています。定年以降も80歳90歳まで十分生きていける世の中になりました。人生の後半戦を、活き活きと生き抜く上では、自分自身の生き方の革新と発想の転換がとても重要になってきたのではと考えています。
 
100歳まで生きる前提で人生を考えていかなければならなくなりました。学問的にはジェロントロジーと呼ばれ、老人学・老年学・加齢学などと訳されています。ジェロントロジーとは、長寿に関わる諸問題を総合的に研究する学問のことです。日本での取り組みは欧米に比べるとかなり遅かったため、残念ですが相当な開きがあるようです。
 
ちなみに最近のデータによると、平均寿命は男性80.2歳(世界四位)、女性は86.6歳(世界一位)です。自立して生活できる状態を示す健康寿命は男性70.4歳、女性が73.6歳とのことです。100歳以上の高齢者(百寿者)は現時点で約6万人、私達団塊世代が100歳を迎える2050年頃には60万人を超えると推計されています。
 
その長寿化社会への対処の方法としては、健体康心であることは当然必要でしょうが、若い頃から何か一つでも得意なことや力を付けておくことが求められるのではないでしょうか。それには最低5000時間はかかります。「一芸八年、商売十年」とも言われます。何かの専門能力を身に付けようと思ったら、コツコツ学んだら最低八年で一人前になれるということです。5000時間を8年で割れば1年で625時間になります。後の計算は皆さんにお任せします。時間を管理することになるでしょう。
 
一つでも 何か力を つけておけ 5千時間は 最低かかる」何かのプロを目指しましょう。
勤勉な 生活態度 続けるの 一日わずか 積小為大」心がけと習慣の力は偉大なものです。
 
  見方を変えれば、私たちは皆個人事業主であり、一人ひとりが皆人生の経営者なのです。定年や退職というのは、人間社会が決めた単なるルールに過ぎません。本来、定年も退職もないのが人生と言うものでしょう。これからは自分がやりたい仕事を一生涯やり続けて人生を締めくくるのが基本になっていくでしょう。
 
  「時間を有効に活用し、自己啓発に努め、何かの専門能力を身に付ける。一生涯自分を磨き勉強し、世のために働き続け世のために尽くす」こんな人生の目標やビジョンを掲げてお互いにチャレンジしながら生きてまいりましょう。
 
大を為す 千里の道も 一歩から 小さなことを 忽ユルガせにすな
何事も 小が積もりて 大と為る 積小為大 倦まず弛タユまず
 
人生は 切磋琢磨の 積み重ね 倦まず弛まず 日々の努力だ
人生は 備えがあれば 憂いなし 金だけでなく 力備えよ」などの歌が浮かんでまいります。
 
最後に一言。
「50・60はなたれ小僧 70・80働き盛り 90なってお迎えきたら 100まで待てと 追い返せ」誰が読んだのか?何と気が引き締まり元気の出る言葉ではないでしょうか。
 
 
 
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