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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2016/01/02(Sat)

(No.348) 「水五訓」に学ぶ 水は人生を語る (1/2)

 「水五訓」という言葉を聞いたことがあられるでしょうか?

戦国時代、豊臣秀吉の知恵袋といわれた黒田官兵衛(黒田如水)の教えと言われています。が詳細は不明らしいとのことです。水五訓を下記の表に示します。

 

一、自ら活動して他を動かすは水なり

二、常に己の進路を求めて止まざるは水なり

三、障害にあいて激しその勢力を増加するは水なり

四、自ら潔(イサギヨ)うして他の汚水を洗い、しかも清濁併せ容るるは水なり

五、洋々として大海を満たし、発しては雲となり雨と変じ、凍っては玲瓏(レイロウ)たる氷雪と化す、

しかもその性を失はざるは水なり



  私の独断と偏見を許して頂き、これらの文言が意味することを、我なりに考えて見たいと思います。そして「
水五訓」全体は我々に何を教えようとしているのかを考察してみたいと思います。一つずつ進めていきましょう。
 
一、自ら活動して他を動かすは水なり
 
自ら動いて模範を示すことによって、周囲を引っ張っていこう。一が伝えたいことは、「率先垂範せよ」ということでしょう。水は自らが動くことで周りのものを動かし、運んでいきます。
 
人間も、自らは何もしないままで、ああしろ、こうしろと言っても、誰も動くはずがありませんよね。自ら模範を示すことによって、周囲を引っ張ってゆく人になって下さいね、と言っているのでしょう。恐らくリーダーの方々に向かって戒めている様な気が致します。
 
二、常に己の進路を求めて止まざるは水なり
 
流れを止めることなく、信じた道に向かって動き続けていこう。二が伝えたいことは、「自ら考えて道を拓くことを心がけなさい」ということでしょう。水はどんな環境の中でもその流れを止めることなく動いていきます。
 
何か失敗をした時に、周りのせいにしてはいませんか?自ら考え、努力することで道を切り拓いていく人になって下さいね、と言っているのでしょう。
 
また、水は必ず低い方を選び、低い方低い方に流れていきます。水は常に、より低い己の道を求めてやまないのですね。この姿は限りない謙虚さを示しているのでしょう。我々に何かを諭(サト)している様ですね。
 
三、障害にあいて激しその勢力を増加するは水なり
 
  たとえ障害や壁があったとしても、その間に蓄える力は増加していきますから、苦しい時もじっと耐えて努力を続けていこう、と言っているのでしょう。人は流れる水を止め貯水し、一気に流し発電し百倍千倍の力として活用してきました。水力発電がそうですよね。
 
三が伝えたいことは、「あきらめることからは何も生まれないよ」ということでしょう。順調な水の流れもダムという壁によってさえぎられることもあります。しかし、そんな時でも、その力を満々と内に蓄えて将来に備えます。その蓄積された力があるからこそ、解放された時に巨大なエネルギーを発揮することができるのです。
 
だから我々も、万が一、困難に直面しても、自分の可能性をあきらめてしまってはいけません。苦しい時もじっと耐えて努力を続けておれば、必ずや大きな力となってかえってきます。
 
逆境・苦境の時にこそエネルギーを大いに蓄えて将来に備えなさい、我々が復して新たに活動するためには、できるだけ大きな内容を、大いに蓄えるのですよと教えているようです。もし、内容蓄積に欠けると活動を新たにすることができませんよ、だから大いに蓄えるのですよ、と教えているのですね。
 
(次回に続きます)
 
 
 
★ みな様のご意見・ご質問・ご感想をお待ちしております。 yamacon@har.bbiq.jp
 
 
 
 
【執筆者より、新年のご挨拶】
新年明けましておめでとうございます。
当週刊経営コラムも早いもので8年目に入りました。読者の皆様の温かいご支援のおかげだと、心より感謝いたしております。
皆様から、感想や励ましのお言葉や感謝の言葉などを賜り、この場を借りて厚くお礼を申し上げます。
本年も一心不乱の気持ちで執筆させて頂きますので、ご愛読をよろしくお願い申し上げます。
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2016/01/09(Sat)

(No.349) 「水五訓」に学ぶ 水は人生を語る (2/2)

四、自ら潔(イサギヨ)うして他の汚水を洗い、しかも清濁併せ容るるは水なり
 
嫌いな人だからといって、その人を追いやったりせずに、良いところを見つけて共に頑張ろう。四が伝えたいことは、「人を追いやることをせずに共に頑張ろう」ということでしょう。学校や企業や社会にはさまざまな価値観を持つ人が集まっています。感覚、リズム、方法、ものの見方考え方、価値観などの合わない人々を排除するのではなく、「長所・美点をみつけてそれを生(活)かす」ことをまず考えましょう、と言っているのでしょう。
 
川は、脇から濁った水が注がれてきても、「入ってくるな」とか「出ていけ」とは言いませんよね。さまざまな水を一つにまとめ、大きな目的に向かって集約してゆくような、そんな度量を持つ人になって下さいね、と言っているのでしょう。
 
清らかな水も、濁(ニゴ)った水も何の文句も言わずにただ流れるままの姿は、与えた恩は水に流し、受けた恩は石に刻(キザ)むべしと説いているようでもあります。また、清濁合わせて容認する姿や度量は水だからこそできるもの。我々人間も水に習って、水を真似して大きな度量でもってそうありたいものですね。
 
五、洋々として大海を満たし、発しては雲となり雨と変じ、凍っては玲瓏(レイロウ)たる氷雪と化す、
しかもその性を失はざるは水なり
 
性質は変わらないが、温度が変化したり、入れ物や器を変えればカタチも丸や四角に変わるのが水です。与えられた環境の中で、いかに柔軟に変化し成長できるかが大切です。五が伝えたいことは、「常に自然の理(コトワリ)にそって物事を考えなさい」と言うことでしょう。
 
「水は方円の器に随(シタガ)う」といって、器の形によって次々と自らの形を変えていきます。しかし、その本質は一切変化することがありません。自分を主張せず、すべてに柔軟に順応しながら自分の本質を失わないのです。
 
我々人間もまた、変化に対応するのに常に柔軟でなければいけませんよね。与えられた環境の中で、いかにして最大の努力を行えるかが大切ですよと言っているのでしょう。「周りの環境の変化に適応すること」どこかで聞いた言葉ですね。そうですね、企業の定義のところで聞く言葉ですよね。水も人間も企業も、変化に柔軟に対応・適応することが大事なのだということでしょう。
 
今まで一から五まで見てまいりました。様々な水の態様は、「人生を達観せよ」と語っている様でもあります。水は無言にして、我々の人生の輪廻を説いている様でもあります。その性を失いはしないが「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」(方丈記)の如く、水は時の移ろいをも語っているようですね。
 
私たちは皆、これから先、色んな困難にぶつかり、迷うことや立ち止まることがあるでしょう。その時にはこの「水五訓」の教えを思い出してみることに致しましょう。きっと私たちの、またあなたの道標(ドウヒョウ)つまり道しるべになってくれることだと思います。勇気付けてくれたり、感奮興起したり、自分を鼓舞してくれる言葉にきっとなることと思います。
 
最後に致しますが、かの有名な「上善如水」(ジョウゼン ミズノゴトシ)とは老子の言葉になります。「最上の善とは水のごときものをいうとの意味になります。
 
水は、円にいれば円となり、四角にいれば四角となる。よく己を変え決して争うことがないものです。また自己を主張せず、だれもが嫌う低いとこ、低いとこへと下るものです。
 
この言葉「上善如水」の教えのように、水のような生き方を常に心掛けて行こうと思うのは私だけなのでしょうか?水というものを通して、水は人生を語ってくれ、また人間としての生き方を教えてくれる箴言であります。何と有り難い教えではないでしょうか。
 
 
 
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2016/01/16(Sat)

(No.350) 山澤損・風雷益と地天泰・天地否に学ぶ (1/2)

  久しぶりに易経に学んでみたいと思います。易経は「四書五経」の一つで5000年前から存在している古典です。上に立つ者の在り方を示すものとして、古来数多くの指導者たちが考え方や行動の指針としてきた指南書であります。帝王学の書ともいわれます。では表題に掲げました、漢字ばかり並んだ四つの有名な「卦カ」である教えについて学んで見たいと思います。
 
まず、「山澤サンタクソン」の「の卦カ」から説明に入ることに致しましょう。この「の卦」は、次の「風雷フウライエキ」の「の卦カ」と二つ合わせて「損と益の卦」と言います。二つ合わせて一対でセットになった教えになります。損と益の漢字は日ごろよく使う言葉ですから損益は親しんだ言葉になるでしょう。
 
この「損と益の卦」の二つの教えは、「地天チテンタイ」と「天地テンチヒ」の二つがセットになっている「泰と否の卦」と好一対になっている大切な卦でもあります。今回は「損と益」、及び「泰と否」の四つの教えについて考察を進めてみたいと思います。以下一つずつ進んでいきたいと思います。
 
  まず「損と益の卦」から入っていきましょう。損と益の卦が言わんとすることは、「結局人間は、他人にばかり求めても仕方がない、つまり、自分即ち己を修めなければいけない」という教えになります。これが「損の卦」の教えであります。この「損の卦」の説明文に「怒りを懲らして欲を塞フサ」とあります。つまり自分をおさえる、言い換えると克己です。我々が反省して私利・私欲・私心というものを抑え、そして皆がよく自分を修養していくより外に道はないのですよと教えているものです。
 
自分、家庭、周囲と上手くやっていこうと思いますと、どうしても克己、己に克つということがなければいけません。その修業ができて初めて、人間は自由を得ることができるのですと教えています。自己を抑制する、反省するという修養をしなければ決して自由は得られないのですと教えています。「克己修養の卦」とも言われています。「損する」つまり、克己修養することによって非常に力が出てくるのですよと教えているのです。
 
  私は、以前「人間は得にならないことをやらなければ、成長はできない」とか「無益なことは必ずしも無意味ではなく、必ず意味がある」と述べたことがありますが、この考え方に相通じるものだと思います。徳性教育では「益や報いや見返りを求めずに積み上げていくものこそが、本当の徳につながる」と言いますが相通じるものを感じてしまいます。
 
次に、「損と益の卦」のもう一方の「風雷フウライエキ」という「の卦」を説明いたしましょう。「」というのは、「」すなわち克己的精神、克己的生活という過程を経て初めて得られる自由のことを言います。損の所で述べました克己修養の力でますます物事が順調に進み仕事も益してきますと、今度はそれによって人間は公明正大で、無私無欲になって行くと教えております。
 
そこで自ら極めて自然に、自由に、人間は人を憐れみ、世を愛して、立派な生活が発展するようになり、いわゆる善政が布シけるようになります、と教えています。これがの卦の教えになります。これは「自由博愛の卦」と言われています。克己修養(損)して初めて自由博愛(益)にいける。それなくして世を救うなんてできるものではありませんよ、もし自己を修めることを忘れて、世界だの人類だのと言うのはごまかしに過ぎないのですよと教えています。
 
  易経は全部で卦カの数が64卦ありますが、「」と「」の順番は、損の卦の方が先に出てきます。その後に益が続き二つの卦が左右相並んでいます。「自分であくまでも克己努力をして、それから後に初めて自由を得ることができるのですよ」と、これが「の卦」の教えになります。
 
(次回に続きます)


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2016/01/23(Sat)

(No.351) 山澤損・風雷益と地天泰・天地否に学ぶ (2/2)

次に、「損と益の卦カ」と並んで好一対と言われる、「地天」(チテンタイ)と「天地」(テンチヒ)の「泰否の卦」(タイヒノカ)と言われる大切な卦について説明を致しましょう。この二つは易経では最も代表的な卦になります。リーダーの在り方、リーダーの心得を教えたものです。経営者や政治家にとっても決して忘れてはならない教えになります。この「泰否の卦」は人間をよく表わしていると言われている教えであります。安泰・泰平のと、否定・否決のであります。
 
まず「泰否の卦」の一つである「地天(チテンタイ)の説明から入りましょう。本来の自然の形は天(陽)が上で地(陰)が下になっています。ところがこの「地天」(チテンタイ)の卦は、地が上で天が下とひっくり返っています。つまり、「の卦は外・上が地(陰)で、内・下が天(陽)になっています。それが平の姿、安の姿だとされているのです。
 
  理由を説明します。本来、陽である天は上に上に登ろうとします。逆に陰である地は、下に下に下がろうとする性質を持っているわけですが、天地の順番をひっくり返して、地天とすることで地と天の二つがよく結ばれている形をした卦になっているのです。
 
事例を挙げてみましょう。政治の話で言えば、為政者は陽で、民は陰で表わします。会社で言えば、経営者が陽で社員は陰になります。経営者が社員を大事にして、下に下に下がろうという時に、初めて平となるわけです。逆に社長が偉ぶっていたらどうなるのでしょうか?お互いの気持ちは離れたままで塞がったままで通じませんよね。後で説明致しますが、これを「天地」(テンチヒ)と言います。
 
  家庭に例えてみますと、やはりご主人が下で妻を大切にする方がよろしいみたいですね。私もあまり偉そうなことは言えませんが・・・。とはいっても、今の世の中の様に女性的男性、男性的女性になれというものでもありません。
 
立場的に強い人が弱い人を大切にしているのが理想的なのでしょうね。商売をしている方がよくおっしゃるには、女将さんがしっかりしている店は商いがうまくいっていると。ご主人があまり出しゃばらずに奥さんを上手に働かせていくことが繁盛の秘訣だといっているのですね。「地天」(チテンタイ)とはそういうものかもしれませんね。
 
地天(チテンタイ)は、例えてこれを生理機能で言いますと、内面に活発な健康力を持っているが、外面の表現は控えめであることを指しています。あるいは才能に富み、満々たる迫力を持っているけれども一向にそんなことは外へ出さずに穏やかに保っている姿、これが「」の状態になります。
 
ちょうど外見は何もないように見えていますが、実は腹はしっかりと出来ているというわけで、こういう人は非常に豊かな人であります。「私は何も分かりません」と言いながら、実はなかなかの利口者だという人のことです。そういう意味でこの「」の卦はよくできた卦であります。占いをする易者さんの看板は、みなこの「地天」(チテンタイ)泰の卦になっているようです。驚きますよね。
 
しかしながら「地天」(チテンタイ)で、いつまでも安泰なのは理想的なのでしょうが、実は、戒めの言葉も書いてあります。「平らかにして傾かざるはなし」(どんなに泰平だといっても、永久に泰平なのはないのだよ。いつかは傾くものだよの意)と教えているのです。要は「存して亡びるを忘れるな」「泰平にして乱を忘れず」ということでしょう。「安泰が続いてうまく行っているようでも、物事は絶えず変化しているのだよ、注意するんだよ」という警告を添えているのです。
 
最後になりますが、次は「泰否の卦」のもう一方の教えである「天地」(テンチヒ)について説明いたしましょう。先述の「地天」(チテンタイ)と比べてみますと、上下逆の並びになっています。外・上が天(陽)で内・下が地(陰)になっています。陽は上に登ろうとするし、陰は下に下がろうとする性質を持っているわけですから、天地の形では永久に交わることができません。従って「天地」(テンチヒ)の卦は、結ばれることがない状態のことを表わしています。
 
生理機能で言いますと、表面は利口そうに見せてはいるが、内実は一向にできていないというのが「天地」(テンチヒ)の卦になります。外は陽気で極めて活発に行動するけれども、内には大したエネルギーを持っておりませんからすぐに行き詰まります。あるいは頭もよく弁も立ちますが、しかし人間の内容に立ち入って調べてみますと、能力がなく見掛け倒しである、というのがこの「天地」(テンチヒ)の特徴であります。あまり喜ばしい卦ではありません。
 
お互いに活学して「天地」(テンチヒ)の状態に陥らないように注意したいものであります。「地天」(チテンタイ)の方をお薦めしたいと存じます。
 
 
 
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2016/01/30(Sat)

(No.352) リーダー成長論を龍の話し「乾為天」から学ぶ (1/5)

今回も引き続いて「易経」に学んでいきたいと思います。「易経」というと、占いの本というイメージを持たれる方が多いかもしれません。「四書五経」といわれる古典のうち最も古いこの「易経」は、簡単にいいますと「時と兆しの専門書」になります。
 
」とは何月何日ということではなく、(時間、タイミング) トコロ(環境、状況) イ(立場、人間関係)という三つの要素が三位一体となった「時」のことになります。天・地・人と言われる時間、空間、人間関係の三要素と言ってもよいかもしれません。
 
  「兆し」とは目には見えない本質的転換の兆候のことを指しています。この「兆し」は普通の人には分からなくても、国を治め、民を治めるリーダーはその「兆し」をしっかりと見極めて治世に当たらねばなりません。古来「易経」は君子の心得、また帝王学としても読み継がれてきました。
 
  この君子を今の時代に置き換えますと、国や地方のリーダーである政治家、会社のリーダーである経営者はもちろん、指導者層の方々や、その道のプロも当てはまると思います。飲食業の人ならば、たまたま入った店が「今はお客様が少ないが、この店はいずれはやる」とか、「今は話題になってはやっているが、恐らく一年以内には廃(スタ)れる」とか、その理由も含めて、その「兆し」を見極められてこそ本物のプロというものでしょう。
 
  しかし、この「兆し」はどうやって見極めたらよいのでしょうか。易には三つの意味があります。「変易」ヘンエキ(森羅万象すべて変化する) 「不易」フエキ(その変化の法則性は変わらない) 「易簡」イカン(変化の法則性を知れば天下の事象も分かりやすく応用するのも簡単である)この三つです。
 
 「君子占わず」という言葉があります。君子は占いに頼らないという意味ではなくて、「易経」をよく学んで変化の法則性を知れば、「兆し」を見極め、その時々において適切な判断や行動をとることができるという意味です。
 
  もう少し易の基本概念についての補足説明をしておきましょう。「易経」は 「吉凶」(キッキョウ)の概念に触れた最古の書物です。現代では占いや初詣のおみくじで「」が出ると良いことが起こり、「」が出ると悪いことが起こると考えられていますが、「易経」にはそんなことは一切書いてありません。
 
  少しばかり横道にそれて申し訳ありませんが、私達は一般的にほとんどの人が、おみくじの結果を見て「小吉だ、中吉だ、大吉だった」と一喜一憂いたします。近々生じるかも?知れない現象を、良いこと悪いことの大きさで小・中・大と判断しています。誰も不思議がったり悩んだりする人はあまり見かけませんよね。もう当たり前の習慣として日本の文化として浸透しているようであります。
 
  ここで、吉凶の本来の意味を申し上げますと、小は陰を、大は陽を、中は当たる、もしくは結ぶの意味を示しているだけなのです。大きさが小さい大きいという意味ではありません。もし小吉が出れば「陰徳を積まれた方が統一や含蓄に効果が発揮されていいですよ」となり、もし大吉ならば「陽的な活動をすれば発展分化が進みますよ」との意味になります。「何だそういうことだったのか、いい悪いではなかったのか」と初めて聞かれたなら、ほっとなさったかもしれませんね。
 
  残った中吉は少し難度が高くなりますが、とは「矛盾を総合統一して、新たな価値を限りなく創造していき、一段と進歩させる働き」の意味ですから「陰と陽を正しく活用して発展させてくださいね」となります。「右でもなく左でもない、程よい真ん中が良いですよ」の意味ではありません。このという概念は政治家や経営者に、ぜひとも必要な能力であり、それらのすべての方々に求められる力になります。学問的には中学といいます。
 
(次回に続きます)
 
 
 
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