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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2016/02/06(Sat)

(No.353) リーダー成長論を龍の話し「乾為天」から学ぶ (2/5)

 前回は易の基本概念について述べてまいりました。まず吉凶の概念について触れ、小吉・中吉・大吉などの本来の意味について説明をしてまいりました。皆さんが驚かれるような内容だったのではと思います。

 

 吉凶の概念についてのまとめをしておきたいと思います。結論としてあるのは、「トオ亨らない」それだけであります。「亨る」(トオル)とは「物事が通じる、成り立つ」ということであり、「」になります。小吉も中吉も大吉もすべて「物事が通じる、成り立つ」ということであり、良いとか悪いとかではありません。

 

 反対に「物事が通じない、成り立たない」のは「」になります。そこで吉と凶の分岐点で分かれ道についてですが、「易経」では吉凶の間に「」(カイ)と「」(リン)の二つがあり、悔は吉に存し、吝は凶に存すなりと書いてあります。つまり「吉凶の分かれ道は悔吝(カイリン)にある」と述べてあります。あなた方が「悔」(カイ)と「吝」(リン)のどちらを選ぶかで道が分かれていきますよと教えているのです。

 

(この「吉凶悔吝」の詳細については当経営コラムNo118と 当経営コラムNo119をご参照下さい

 

どういうことかと言いますと。例えば小さな失敗をした時に、大いに後悔して改めれば大事には至りません。「」(カイ)のことです。「悔」とは後悔するの意味です。しかし「まあこのぐらいはいいや」と改善を惜しみ嫌がりますと、やがて考えもしなかった大事件へと発展していきます。「」(リン)のことです。「吝」とは惜しむ、ケチルという意味になります。企業でいうクレームが最も分かりやすい一例ではないかと思います。

 

今まで触れてきました吉凶以外の、もう一つの「易経」の根本概念は「陰陽」になります。大事なポイントは「陰と陽は別々のものではない」ということです。便宜的に陰陽に分けているだけで、この二つはもともと一つのものなのです。これを押さえておくと「易経」が理解しやすくなります。

 

一つのものに陰の面と陽の面があるという考え方です。マイナス・プラスの連想から、陰が悪くて陽が良いという考え方はいたしません。陽は陰によって陽の力を、陰は陽によって陰の力を発揮する。だから「陰陽が一つにならないと何も生まれない」と説いています。仮に世の中のものすべてを陰と陽に分けますと、天は陽で地は陰、男性が陽で女性は陰、経営者は陽で従業員は陰、明るい、賢い、強いは陽で、暗い、愚か、弱いは陰になります。その他にも、たくさんありますが省略させて下さい。

 

陰と陽は表裏一体であり、その両方がなければ物事は成り立ちません。男性だけ女性だけでは社会は成り立ちませんし、会社も経営者がいて従業員がいるから営んでいけます。人間もまた陰陽両方の気質を持っていて、時に合わせてどちらかが強くなったり、弱くなったりするものです。

 

また陰陽は転化をします。例えば母親と息子の場合、性別でみると息子が陽で母親が陰になりますが、親子としてみると母親が陽で息子は陰になります。このように視点や状況が変われば転化し、また陰と陽は常に対立し合って、また同時にお互いに相待って作用し、補完し合うことで変化が生じるのです。

 

物事はすべて、極めると質的転換が起こります。「吉凶悔吝(キッキョウカイリン)も常に変化し、最終的に吉が極まれば凶に転じ、凶が極まればやがて吉に転じます。人間は順境にあっても逆境にあっても、その状態は十年も二十年も続くわけもなく、必ず変ずるのです。必ず変化するからこそ、人間も社会も成長と発展があるのだといえるでしょう。

 

今まで「易経」の基本概念について触れてまいりました。吉凶の概念と陰陽の概念の二つについて説明をしてまいりました。次回から本題の「乾為天」(ケンイテン)の教えについて入っていきたいと思います。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2016/02/13(Sat)

(No.354) リーダー成長論を龍の話し「乾為天」から学ぶ (3/5)

今回から本題のテーマに入っていきたいと思います。「易経」には「乾為天」(ケンイテン)という教えに龍の話しがあります。この話しは全体系64編の中でも一番最初に出てくる教えになります。ご承知の通り、龍は架空の実在しない動物であり想像上の生き物になります。

 

その「乾為天」(ケンイテン)には、その龍が成長発展していく六つの段階が書いてあり、そのプロセスは君子が志を達成していく過程そのままに当てはめることができます。この「乾為天」は読むたびに新たな発見があり、我々に多くの示唆を与えてくれる内容であります。

 

もし、経営者や社長の方であられれば、自分の過去と比較しながら読まれると大きな気づきを得られることでしょうし、まだお若い方で中間管理職の方であれば、今後の成長発展に大いなるヒントになるであろうと思われます。

 

   ところで皆さんは、龍が描かれた絵画や掛け軸を御覧になられたことがあると思います。龍のそばには必ずが描かれています。龍には雲を呼び恵みの雨を降らせる能力があるのです。天からの雨を地が受けて、百花草木、生きとし生けるものはみな潤い、勢いよく育っていきます。陰陽が交わり新しい生命が生まれます。その象徴として龍を君子に例えて文章ができているのです。

 

この教えは、人間界においても陽の立場にある人、例えば政治家・経営者・指導者の方々などは、そういう役割を果たしていかなければならないのですよという教えなのです。しかし、すべての龍にその能力が備わっているわけではありません。最初はみな「潜龍」(センリュウ)からのスタートになります。一歩一歩成長の段階を進んでいくのです。では今から、龍の成長過程である六つのステップについてひとつずつみていきたいと思います。

 

第一ステップは「潜龍」(センリュウ)といいます。「潜龍なり、用うるなかれ」と書いてあります。将来、天を駆け巡る「飛龍」(ヒリュウ)になる素質はあっても、生まれたばかりの龍は地に潜んでいます。「用うるなかれ」とは、実力も経験もない「潜龍」の段階の者を重い役職につけてはならないし、今の自分自身を「潜龍」と思うなら、決して早成を急いではなりませんよと言っているのです。

 

しかしこの時期に、ただ寝て待っていろというわけではありません。ここでは将来に向けて「確乎不抜の志を立てる」ことが重要な仕事なのです。その志は野望や野心とは異なり、社会に大きく貢献するための高い目標のことです。この「潜龍」時代に掲げたの大きさ如何で、将来どんな働きをなせるか否かが決まっていくからなのです

 

「易経」には「すべては志から始まる」と何度も出てきます。「やはり人間は志を立てて、立志することが何よりもまず重要なのだ。ほかの一切は全てそれからだ」と約5000年も前から教えられていたのですね。驚くばかりです。

 現代流に言えば、「明確な目標を持って努力しなさい。その理由は目標が変われば、とり得る手段としての行動が変わってくるからです」とか「もしその人が、将来実現したい状態である目標が明確でないとすれば、現状に安住したままになり、目標と現状のギャップである問題が見えないままで進むことになりますよ。それでは問題意識が働きませんからリーダーや事業経営者であれば、あまりにも危険過ぎますよ」となるでしょう。

 大脳生理学的に言えば「思えば必ず実現する。だから目標が必要である」「思わなければ何も実現しない。だから目標やビジョンが必要である」となるでしょう。

 

 しかし「潜龍」時代は世間に認められるには、まだまだ時間が相当かかり、まったく相手にされない不遇の時期になります。つらい思い、悔しい思いをたくさんしますが、だからこそを強くできるとも言えます。また自分自身もまだまだ世間の物差しを知らないからこそ、どこまでも壮大な志を打ち立てることができるのも「潜龍」時代の大きな特徴になるでしょう。

 

誰に認められなくても自己が打ち立てた確乎不抜の志に従い、徳を積んでいきますと、その光は自然と地から漏れ出ていきます。するとその光を見出して地上へと引き上げてくれる存在が出現してきます。こうして「潜龍」は次のステップである「見龍」(ケンリュウ)へと成長していくのです。

 

「潜龍」の次の第二ステップは「見龍」(ケンリュウ)といいます。「見龍、田デンにあり。大人を見るに利ろし」と書かれています。「見龍」の「見」には地上に出て姿が見える、自分の視野が開ける、そして自分を見出してくれた人にまみえる(出会う)などと、色々な意味が含まれています。

 

見龍」の時期にすべきことは、大人(タイジン)に学ぶことです。その大人とは自分を見出してくれた人であり、学ぶとは「真似マネぶ」ことです。どんな分野でも最初は見様・見真似で覚えていきます。人を真似ることは恥ずかしいことではありません。ただひたすらに、大人を真似ることで基本や型を体得していく時代なのです

 

ではその見習うべき大人とはどのような人物なのでしょうか。「易経」では当たり前のことを当たり前にできて、正邪をわきまえる人と言っています。夢や志を想像していた地中から現実の世界へ出てきたばかりの「見龍」は、大人の言動をその目に焼き付けることで物事の正邪を学んでいきます。大人を真似ることで、あるべき倫理観を養っていく時代なのです。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2016/02/20(Sat)

(No.355) リーダー成長論を龍の話し「乾為天」から学ぶ (4/5)

将来、天駆ける「飛龍」(ヒリュウ)になれるかどうかは、スタートである「潜龍」のと、次の第三ステップである「君子終日乾乾す」(クンシ シュウジツ ケンケンス)の時代をどう過ごすかにかかっていると思われます。つまり「飛龍」への分かれ道になるかもしれない大事な時期にあたるのです。

 

この第三ステップでは「君子終日乾乾し、夕べに惕若(テキジャク)たり。危うけれども咎(トガ)なし」と書かれています。「」(ケン)は「易経」でいうところの天であり、陽を意味します。明るく積極的なイメージです。それを「乾乾」(ケンケン)と重ねているので、とにかく積極果敢に努力して物事を推進していく姿を表しています。惕若(テキジャク)とは恐れ震えて反省することを意味します。この第三ステップのことを簡単に略して「乾惕」(ケンテキ)の時代ともいいます。

 

 この「乾惕」(ケンテキ)の時代である第三ステップは大人(タイジン)から一歩離れて独り立ちし、第二ステップの「見龍」時代に身につけた基本や型を実践で生かし、応用力をつけていく時期になります。と言ってもやることは「見龍」時代と変わりません。さらに同じことを、積極果敢に高揚感を持って繰り返すのです。繰り返しに繰り返しを重ね継続し、それが極まった時に量から質への転換が起こり、そこで初めて独自性というオリジナリティーが出せるのです。マネジメント能力を身につけるのもこの時期になります。

 

 この「乾惕(ケンテキ)」の時代にマネジメント能力を養っておかないと、後で苦労します。アマチュアからプロになる変わり目、素人から専門家になる変わり目が「乾惕」(ケンテキ)の時代になります。

 

しかし基本が当たり前にできるようになるとマンネリ化し、小さな失敗やトラブルが起きやすくなります。そこで悔い改めればになり、反対に「まあこのくらいはいいや」と惰性に流されていけばになります。

 

そうならないために必要なのが、「夕べに惕若(テキジャク)たり」なのです。先述しましたように、惕若(テキジャク)とは恐れ震えて反省することですから、日が昇っている間は「乾乾」(ケンケン)と努力する反面、日が沈んだら心静かに「今日の自分はあれでよかったのだろうか?」と正しい恐怖心、健全な警戒心でもって反省をするのです。この反省を怠ってはいけないのです。

 

 またこの「乾惕」(ケンテキ)の時代は、同時に言葉を修める時期でもあります人は言葉により周囲の信頼を得て、どんな人物かを判断されます。将来リーダーやその道のプロになった時、自分の真意を周りの人々に簡潔明瞭かつ力強い言葉で伝えなければなりません。その素養を培う時期なのです。将来から見てもこの「乾惕」(ケンテキ)の時代はとても大事な時期になります。

 

 龍の六つの成長過程で一般的に最も長いのが、この「乾惕」(ケンテキ)つまり「君子終日乾乾す」の時代になります。「易経」にはとは世間に押し流され、常に変容し、しぼみやすいものであるとはっきりと書かれてあります。ひたすらに同じことを繰り返すこの時期、多くの人は飽きたり手を抜いたりして「こんなものでいいや、努力はやーめた」と志を忘れてしまいがちなのです。昔も今も人間はちっとも変わっていないのです。

 

日々「乾乾」(ケンケン)と努力を重ね、自己反省を怠らず、第一ステップの「潜龍」の時代に打ち立てたをさらに強くした者のみが、次の「躍龍」(ヤクリュウ)の段階(第四ステップ)へと進んで行くのです。

 

この第四ステップは「躍龍」(ヤクリュウ)といいます。「あるいは躍オドりて淵にあり。咎なし」と書かれています。さあ、いよいよ大空へ飛び立とうとする「飛龍」(ヒリュウ)の直前の段階で、あとはその機をつかむばかりの「躍龍」の時代です

 

あるいは躍りて淵にあり」とは、ある時は躍り上がったり、またある時は第一ステップの「潜龍」時代に潜んでいた深淵に戻ってみたりして、躍動感がある反面、まだ一定でない、不安定であることを意味しています。淵に戻って「潜龍」の志を確認し、第二ステップの「見龍」の基本を思い出し、第三ステップである前段階の「君子終日乾乾す」の時代で身につけた技やオリジナリティーを復習して大空へ飛び立つシミュレーションをしている段階になります。

 

いつ大空へ飛び立つのか、その兆しを捉え、見誤らないことが一番大事になりますとはいっても「躍龍」(ヤクリュウ)の時代には思いがけない偶然が必然のごとく起きてきます。必要な人や情報が向こうからやってくるなど、とにかく不思議な出会いが続いていきます。ジグゾーパズルで足りなかったパーツが自然と埋まっていくように、「飛龍」(ヒリュウ)になるべくすべてが自然に用意されていくのです。

 

ですから「自分はまだまだ飛龍には時期尚早です」といっても無理な話なのです。機が熟すれば風に押し出されるようにして「飛龍」へと変化します。逆に「早く飛龍になりたい」と躍起になったところで、時中(シンクロニシティ)が働いて時がピタッと合わなければ、これもまた無理なのです。下手に動くと取り返しのつかない失敗へと繋がりますので、兆しや機を観る目をしっかりと養うことが「躍龍」時代に身につけるべきことになります

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2016/02/27(Sat)

(No.356) リーダー成長論を龍の話し「乾為天」から学ぶ (5/5)

いよいよ第五ステップに入りました。天駆け、慈雨を降らす「飛龍」(ヒリュウ)の段階へと成長してきました。スタートの「潜龍」時代から抱いてきたを達成し、これまで身につけてきた能力を発揮して社会に貢献していく時代になります

 

飛龍天にあり。大人を見るに利ろしと書いてあります。龍の傍らには必ず雲があると先述いたしましたが、「飛龍」になれば雲だけではなく、いいことも悪いこともどんどん集まって、それがすべていい方向に転じる勢いがあります。

 

陰陽でみますと、第一ステップの「潜龍」から段階を経るごとに陽は強まり、第五ステップの「飛龍」(ヒリュウ)になると陽はさらに強まります。物事は極まり過ぎると質的転換が起こるとは先に述べました。従って「飛龍」の時期は、陽が極まっていく時期なので、あえて自ら陰を生み出すように努めなければなりません

 

 そこで「大人を見るに利ろし」が必要になるのです。ここでいう大人(タイジン)とは、「見龍」の時の大人とは異なり、自分以外の人、物、事、すべてということになります。つまり「自分以外のすべての人の言動や、あり様から学び、じっくりと意見に耳を傾けなさい」といっているのです。私がよく口にしますが、「人みな我が師である」ということです。

 

 「教える・話す」行為は陽であり、「学ぶ・聞く」行為は陰になります。その人は「飛龍」になれるほど抜きんでた実力の持ち主でありますから、それだからこそ、あえて他者に学び、人の話をよく聞いて絶えず自ら陰を生み出すことが求められるのです

 

 同時に第一ステップの「潜龍」時代に打ち立てたを決して忘れないことが大切になります。志を忘れた時、人は欲望へ身を任せるようになります。また、「飛龍」のステップにいても新しいことに挑戦すると、その場では「潜龍」になります。例えば会社の社長であっても、新規事業を始めればその業界では「潜龍」、何かお稽古事を習い始めれば、その道では「潜龍」なのです。

 

 私のことで恐縮ですが、私は自己を戒めるために、「今はまだまだ潜龍だ」「今年も潜龍元年だぞ」と常に意識するように心がけております。人間という生き物は、一人前と思ったら、その瞬間に成長は止まってしまうからです。

 

しかし、努力を怠って自ら陰を生み出せずに、陽を極めた「飛龍」は一転して「亢龍」(コウリュウ)となって行きます。いよいよ最後の第六ステップまて進んできました。第六ステップは「亢龍」(コウリュウ)の時代であり「亢龍悔いあり」と書いてあります。とは驕り高ぶるとの意味になります。

 

志ではなく欲望に身を任せ、人の意見も聞かずにひとり天高く昇っていった「飛龍」には、もはやいつも付き添っていた雲もついてはいきません。雲を呼び、雨を降らせる能力があるからこそ「飛龍」なのです。雲を呼べなくなったら、「亢龍」(コウリュウ)となって凋落していくしかありません。(クダ)り龍と呼ばれます。

 

しかし例えてみれば、青信号が突然赤信号に変わることはありません。必ず点滅したり黄色信号になったりして危険を知らせているはずです。にもかかわらず、その兆しに気づかなかったふりをして「これくらいなら大丈夫だろう」と改善を惜しんだからこそ「亢龍」(コウリュウ)になってしまったのです。「吉凶悔吝(キッキョウカイリン)の話を思い出して下さい。「」(リン)を続けたからこそ「亢龍」(コウリュウ)に凋落して落ちていくだけの龍になってしまったのです。

 

では、一度「亢龍」(コウリュウ)になった龍は、もう二度と空へは飛び立てないのでしょうか?「亢龍悔いあり」と言っていますが、「亢龍」(コウリュウ)になって初めて「いままで俺は間違っていたのか・・・」と本当に悔い改めたとしたらどうなのでしょうか。

 ここで再び「吉凶悔吝」の話を思い出して下さい。「」(カイ)はに存します。一度地に落ちた「亢龍」(コウリュウ)も、とことん悔い改めることでもう一度新しい別の吉へ、ゆっくりと転換していくことができるのです。時間はかかりますが可能です。そう聞くとホットいたしますね。

 

この様に「易」は決して行き詰ることがありません。どんなに追い込まれても必ず道は開けていくと教えています。この乾為天」(ケンイテン)を読まれて皆さんはどんな感想をお持ちでしょうか?あなたは、今どのステップの段階におられますでしょうか?振り返って見られてはいかがでしょうか。

 

 一般に会社における位は、下からいえば平社員、係長課長、部長、取締役・重役、社長・会長、相談役・顧問になるでしょう。「君子終日乾乾」の段階は会社の中では第三ステップの部長クラスになります。まだ経営陣には入っていません。経営陣と従業員層の中間的な立場であり双方の仲介をする役割を担っています。第四ステップは「躍龍」の時代で、取締役・重役であり経営陣に入るでしょう。社長であれば第五ステップの「飛龍」になります。大いに慈雨を降らせて社員を養っておられることでしょう。地域社会にもきっと貢献なさっておられるはずであります。

 

  「飛龍」の時期は、陽が極まっていく時期でありますから、「あえて自ら陰を生み出すように努めなければなりません」と述べました。またその人は「飛龍」になれるほど抜きんでた実力の持ち主でありますから「あえて他者に学び、人の話をよく聞いて、絶えず自ら陰を生み出すことが求められます」とも述べました。自戒の言葉がちゃんと備えてあるのです

 

 つまり自分以外のすべての人の言動や、あり様から学び、じっくりと意見に耳を傾けなさい、といっているのです。傾聴・拝聴です。「黄金の耳」をもったリーダーということでしょう。「人みな我が師である」という姿勢が基本であり、実践が大事であるということでしょう。

 

 自分以外の人、物、事、すべてに耳を傾けなさいということになりますでしょう。「亢龍」(コウリュウ)のステップに上り詰めても「亢龍悔いあり」で、降(クダ)り龍が待っております。くれぐれも「亢龍悔いあり」に落ち込まないように、日頃のご注意を心がけて頂きたいと存じます。

 



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