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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2016/08/06(Sat)

(No.379) 「気の呼吸法」とは? のつづき (その5)

前回に続いて「気の呼吸法」について述べていくことに致します。この気の呼吸法」を行うと全身の血行も良くなっていきます。気が滞りますと血行も悪くなりますが、気が交流することで血行も改善するからです。

 

  また、我々は朝から晩まで生活をして一日を過ごしますと身体は汚れてゆきますが、実は心も同じように汚れてゆきます。身体の汚れは、お風呂で石鹸やシャワーで落とすことができますが、残念ですが、心の汚れはそれでは落とすことはできません。では心の汚れを落とすには、どうすればよいのでしょうか

 

 その答えは、夜、寝る前に「気の呼吸法」を行ってから眠りにつくことです。その結果、心の汚れを落とすことができ、また質の高い睡眠を得ることができるのです。特に短い時間しか睡眠がとれないときには、「気の呼吸法」をやって眠るかどうかで大きな違いが生じてゆきます。

 

 「気の呼吸法」のその他の効果については、その結果、深い呼吸が身につきますと発声も変わっていきます。息を吐くことと声を発することは繋がっているからです。スピーチやプレゼンテーションにおいて、声の質は成果に大きな影響を与えるものです。

 

 深い呼吸から発せられる声には、落ち着きがあるために、相手によく伝わりやすくなります。このため、歌手や役者の皆さんは多くの人が「気の呼吸法を学んでおられるとのことであります。

 

  このように「気の呼吸法」を通して「呼吸を静める」ことを訓練いたしますと、様々な面で驚くような効果が得られるのです。あまり信じられないでしょうが・・・。

 

呼吸を静めるのとは反対になりますが、「呼吸が乱れている時には、外部からの刺激は何倍にもなって身体に伝わるものです。普段であれば何でもない一言でも、イライラしているときには気になってしまうものです。恐らくどなたもこの体験はお持ちだと思います。

 

  また、刺激に対してすぐに反応する人や、感情的に過剰に反応する人は、恐らく良い人間関係を築くことが難しいでしょう。それは、いったん発せられた言葉は取り消すことができないからです。感情的になって言葉を発してしまいますと、残念ですが人間関係を損なってしまうことになるかも知れません。

 

  一方で、刺激に反応しないように極力努力をしても余計に気になるものです。それでは我々は一体どうしたら良いのでしょうか?その答えは、こういう時は「ひと呼吸おく」ことです。これが大いに役立つはずであります。

 

  刺激に対してすぐに反応する前に、「息を静かにゆっくりと吐き、吐き終わりが無限の小に静まる」のを待ってみて下さい。

 

  たった 「ひと呼吸おく」だけで刺激は収まります。それから、ゆっくりと対応することで、言わなくても良いことを言わずに済むものです。文字通り「ひと呼吸おく」だけ、の簡単な行為に過ぎませんが解決を導いてくれます。ありがたいものです。

 

そもそも呼吸が乱れますと人間は、パフォーマンスを発揮することができません。だから「呼吸を静めること」は重要なのですが、問題は、では一体「どうしたら呼吸を静めることが出来るのか?」がよく分からないことではないでしょうか?

 

 実は、呼吸は静めようとすればするほど、静まらなくなります。例えますと洗面器などに水を張ると、その瞬間は波だっていますが、そのまま放っておけば波は無限の小に静まっていきます。波を静めようと故意に水面に手を触れますと、それがまた新たな波となって水面は静まりません。それと同じことなのです。

 

吐くに任せて吐き、吸うに任せて吸う」自然な姿勢を保ち、わざわざ呼吸をコントロールしなければ、呼吸は自然に静まってゆくのです。このとき、同時に心も静まってゆくのです。ただのこれだけです。「呼吸が変われば人生が変わる」これは決して大袈裟なことではありません。

 

  この様に、我々みんなにとって、良い人間関係を構築したり、コミュニケーションを円滑にするうえで、呼吸を静めることは極めて重要なことになります。呼吸を静めて、心が静まった状態になってからコミュニケーションを取ってみて下さい。きっとことが上手く運ぶことと思います。

 

  是非とも、呼吸を静めることを「気の呼吸法」で練習なさってみてはいかがでしょうか?具体的な実践方法については、次の回で述べてゆきたいと存じます。

 (次回に続きます)

 

 

 

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2016/08/13(Sat)

(No.380) 「気の呼吸法」の具体的やり方とは?(その6)

  「気の呼吸法」については、2回ほど続けて述べて参りましたが、今回はテーマの様に「気の呼吸法」の具体的な練習の方法について、説明してゆきたいと思います。椅子に座った状態での呼吸法について説明してゆきましょう。

 

  まず姿勢の安定度のチェックをして下さい。身体のどこかに力が入っていないか?のチェックです。仙骨センコツ(尾骨の上にある骨)を起こし両肩を上下させてみて下さい。仙骨が寝ていてもダメだし、背筋をピンと張って、後ろに身体がそり返っていてもダメです。

 

  普通我々は1分間で15回から20回の呼吸をしています。1回4秒から3秒の呼吸です。15回から20回の呼吸で60秒・1分間です。(吐いて吸っての呼吸を1回とします)

 

  まず初めは、息を静かに吐くことからスタートします。息を吐いてきます。目を閉じてもいいですが、目のあたりに力を入れずに、「臍下(セイカ)の一点に心が静まった状態で目を閉じて下さい。臍下(セイカ)とは、お臍ヘソの下という意味になります。

 

  ここでは、しばらく「臍下(セイカ)の一点とは?について説明をしておきたいと思います。「臍下(セイカ)の一点とは意識が定まる場所のことを指しています。「臍下(セイカ)の一点とは、お臍ヘソのかなり下約20cmほど下にある点・場所のことで、力を入れようとしても力が入らない一点のことを言います。

 

  お臍ヘソのすぐ下の位置であれば、力を入れようとすれば下腹に力が入ります。が、ドンドン下に下げていきますと、下腹に力を入れても力が入らない位置があります。そこが「臍下(セイカ)の一点になります。つまり意識が定まる場所のことを「臍下(セイカ)の一点と呼びます。心が静まっている状態では意識は下腹部に定まっているからなのです。この説明では意味が良く理解できてないかも?と思われます。

 

  心が静まっているのとは逆に、心が波立っている状態、例えば怒っている時や、緊張している時意識頭の方に上がっています。怒ることを「頭にくる。頭に来た」と言いますよね。意識が頭に登ってくるからなのです。緊張すると「上がる」と言いますが、これも意識が頭の方に上がるからなのです。

 

  この様に日本人は心身の現象をすごく良くつかんでおりまして、言葉を考え出しているのですね。驚くばかりであります。

 

  だから、心が静まるには意識が定まる場所を、普段から知っておく必要があるのです。こういうことは、学校ではなかなか教えてもらえないとは思いますが・・・。もともと人間は心が静まっている状態では、意識は自然に下腹部に定まっているものです。誰でも一様に共通な現象なのです。心が落ち着いている時の意識は、上部の頭の方の位置では決してないということです。つまり、その場所が「臍下(セイカ)の一点ということなのです。

  何だか難し過ぎましたかね?ご理解できましたでしょうか?だがここは、大事な点になりますから、できれば覚えておいて下さいね。

 

  しかし、これは「常に臍下(セイカ)の一点を意識する」ということではありません。常に「臍下(セイカ)の一点」を意識していたら煩わしくて日常生活を送ることもできません。ポイントは心が静まっている状態であれば、意識は自然に臍下(セイカ)の一点に定まっているということなのです

  では、臍下(セイカ)の一点については、ここで一旦説明を終わりにしたいと思います。話を前に戻したいと思います。

 

息を吐いてゆく所まで戻りましょう。口の形は、あいうえおの「」の形で「ハァー」という静かな音で息を吐いてゆきます。この時に長く吐くことや、上手に吐くことを目的にすると力が入ってしまいますので、ただ静かに楽に吐くことだけを心がける様にして下さい。健康な方で姿勢が安定さえしていれば、10秒以上は軽く吐くことができるはずです。ここでは静かに息を吐くことに慣れてゆきましょう。

 

  口は小さくすぼめないで息を吐きましょう。「」の口の形には意味がありまして、それは最も息を吐きやすいからです。また、目の前を目標にして息を吐く人がいますが、気持をもっと遠くの方に向けますと、息を楽に吐くことができます。何度も繰り返して早く慣れてゆきましょう。

 

  もし苦しくなるのであれば、息の吐き方で、特に息の吐き終わりが重要になるでしょう。悪い例の一つは、息の吐き終わりに無理して残った息を絞り出すようにすることです。その結果、力んでしまって、息を十分に吐くことができなくなってゆくものです。

 

  吐く息はそのまま吐くに任せて、ほっておけば次第に少なくなってゆきます。十分に息が静まってから口を軽く閉じて下さい。コントロールするのではなく、自然に任せることが要点になります。吐く息が、波が静まるがごとく無限の小に静まっていく感覚です。

 

  もう一つの悪い例は、まだ息を吐いている途中なのに、口を閉じてしまうことでしょう。途中で呼吸を止めてしまいますから、次に十分に吸えなくなるのです。息を静かに吐き、吐くに任せて静まるようになれば合格でしょう。それができれば、息を吸うことも楽にできるようになると思います。

 

  では、次のステップの「息を吸う」に進みましょう。息を吸う時は、口で吸うのではなく、鼻先で花の香りを嗅ぐように息を吸ってみて下さい。吐く時と同様に、息の吸い終わりが重要で吸うに任せておくと息は次第に静まってゆくでしょう。

 

  上手く吸えない人は、息を一気に吸い込んでしまうことが多いようです。吸った息が足先からヒザ、腰、胸、頭と順に満ちてゆくイメージを持つと楽にできるでしょう。一旦楽にできるようになったら、そのイメージはいつもは必要はないと思います。

 

長く吐こうとして、最初に思いっきり息を吸い込み、胸に力を入れる人がおられます。その時、意識は胸に来て先述の「臍下(セイカ)の一点」に定まってはいません。故に姿勢は乱れ、呼吸が苦しくなってゆくのです。正しくは、意識が「臍下(セイカ)の一点」に定まった状態で息を吐いて下さい。

 

吸う時も同じです。長くいっぱい息を吸い込もうとすれば、肩が上がり胸に力を入れる人がいます。この時に意識は肩や胸に上がっています。意識が「臍下(セイカ)の一点」に定まっていないので、これでは正しい吸い方とは言えないのです。

 

息を吐くときも吸う時も、身体(からだ)、特に胸に余分な力を入れないことがポイントになります。「気の呼吸法」を行っている時には、意識が静まっているか、上がっているかを常にチェックして見て下さい。もし意識が上がっていれば、姿勢は崩れて、同時に呼吸も必ず苦しくなってゆきます。

 

練習が進みますと、いつ吐いて、いつ吸っているのかが、分からないくらい静かになってゆきます。これを「無息の呼吸」と言ったりします。真剣勝負の時などで使われる言葉です。相手に自分の呼吸を悟られると切り込まれるために活用された呼吸法なのですね。まるで「息をしていないようで呼吸をしている」という意味で使われた言葉なのでしょう。

 

(次回に続きます)

 

 

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2016/08/20(Sat)

(No.381) 社長やリーダーは常に「プラスの気」を発せよ (その7)

我々は相手の言葉を聞くときは、言葉より先に相手の発する「」を見ています。相手の人が本当に心から感謝しているときは、その人の感謝の心がその人が発する気に表れているものです。我々はその気を感じた後に、言葉が裏付けとなって「その言葉が本当である」ことを理解するのです。

 

 心の中で不満を持って、相手にお詫びを述べたとしても、自分が発している気が相手に伝わってしまうので、「その言葉が本当ではない」ことが相手にばれてしまうのです。

 

 よく飲食店などでお店に入りますと、「いらっしゃいませ」と店内から声をかけられます。店員さんが心から歓迎しているときには、発する気に表れています。その気と「いらっしゃいませ」という言葉が一致することで、お客さんは本当に歓迎されていることが分かります。

 

 それとは逆に、「もう閉店したいのに・・・」と思いながら、店員さんが無理して「いらっしゃいませ」と声を発しても、発している気はお客さんにすぐに敏感に伝わってしまいます。

 

 身体には形がありますが、心には形がありません。だから世の中には「心で何を思っていても相手に分かるはずがない」などと考える人がいるわけですが、これは大きな間違いなのです。心の状態は、発している気によって「相手に」また「周囲に」伝わっていくものです。この点は恐らく、皆さんも一度や二度は体験なさったことがあると思います。

 

  相手を尊重して、「相手と一体となろう」とする思いや、「相手と協力して何かを一緒にやりたい」とか「相手の役に立つこと、相手が喜んでもらえることを何かやりたい」などと、自分が「プラスの心の状態」であれば、その「」も相手に伝わり、相手とぶつかることなく相手を導くことができます。

 

  これは日常生活におけるコミュニケーションでも同じことです。相手をプラスに導きたいのであれば、まずは自分がプラスの気」を発することが必要であり、かつ重要であるということなのです

 

  この辺の考え方は、経営やリーダーシップを発揮する時や、顧客との商談などにおいても十分に利用と活用ができるものであります。是非とも活学実践を期待したいと思います。

 

 特に、経営者やリーダーは自分が発している「」に責任を持つ必要があります。言葉では何も表していなくても、イライラしていたり落ち込んでいたりするだけで、それが「」によって周囲に影響を及ぼしてしまうからです。「」とは本来は怖いものであり、「」や雰囲気は自然に相手や周囲に伝わるものなのです。決して軽視してはいけません。

 

  ここで具体的な事例を紹介いたしましょう。ある人のそばには、餌エサを持っていないのに動物が近寄ってくることが良くありました。しかし、もう一方のある人の所には動物が一匹も近づいて来ません。そこで、ある人が尋ねます。「なぜあなたのところには動物が来ないのか分かりますか?」

  ある人が答えました。「自分の思い通りにならないことが多かった私は、常にイライラしていました。私が発するは誤魔化すことはできなかったようで、それが動物達にも伝わっていたからなのですね」との会話です。

 

 それ以来、ある人は人間が変わられ、考え方も変えられました。「これは動物だけではなく、人間も同じことなのだ」と、それに気づかれて以来「常にプラスの気を発する」ことが、ある人の修行の一つになりました。それ以後、ある人のそばには、常に動物が近寄って来るようになったとのことであります。当然、人間のお友達もどんどん増えていったそうであります。とても、参考になるいいお話しですね。

 

  人間はみんな、調子の良いときもあれば悪いときもあります。物事が思うように進むときもあれば進まない時もあります。

 

 調子の悪いとき、物事が思うように進まないとき、ましてや逆境に直面した時に、「プラスの気」を堅持することは簡単なことではないでしょう。しかし、ひとたびこれを実践すると、「プラスの運・プラスの縁」が得られます。なぜなら「運」も「縁」も間違いなく人が運んで来るからなのです

 

 経営者やリーダーの方々が、良き経営を実践され、業績が向上し、地域や世の中に貢献できる仕事をなさるためには、是非とも「プラスの気」が必須なのだということであります。「たかが気」ではなく「されど気は重要なのだ」であります。今後の活学実践を大いに期待いたします。

 

 (次回に続きます)

 

 

 

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2016/08/27(Sat)

(No.382) 学び方を学べ 意識しなくても出来る状態にせよ (その8)

身につける」学びにおいては、知識を得ただけ、あるいは頭で理解しただけでは意味がないことをこのコラムで何度も触れて参りました。「本当に知るとは実践が伴うことである」という「知行合一」の教えのことですね。

 

  多くの人にとって、今まで述べてきました、姿勢も呼吸も日常生活での様々な動きも無意識のものです。ここで言う無意識とは「不用意」という意味ではなく、「自覚していない意識」という意味になります

 

  元々、無意識で行っていることを意識して学び、意識してできるようになったことを無意識でできるように鍛錬することが重要なのです。そしてまた、意識して学び、無意識に戻す。この「意識→無意識→意識→無意識→・・・」という一連のプロセスを「学び」と言い、このことを日本古来の武道では「稽古」と言うらしいです。

 

  学び方のコツとしては、「できた」「できない」と一回ごとに一喜一憂せずに、淡々と同じことを繰り返して、無意識の状態にインプットする、入れてあげることが重要なのです。これも「学び方を学ぶ」ことの一つになります。

 

  残念ながら、昨今の教育現場では「意識して行う」ことしか教えなくなっています。「意識すればできる」状態では身についたとは言えず、「意識しなくてもできる」状態になってはじめて身についたと言えます。したがって、意識だけではなく、無意識を扱ってはじめて本当の教育になるのではと思います。意識せずとも当たり前にできること、つまり(しつけ)のことなのです。

 

食事でご飯を頂くときに「いただきまぁーす」と感謝の言葉やお祈りをして、左手にご飯茶碗を、右手にお箸をもって頂きますよね。この時に我々は、右で持とうか左にしようかなどと、いちいち意識して考えたりせずに当たり前に無意識で行動していますよね。この状態のことを「の状態」といいます。当たり前のことを、しつづけますから、しつけと言うらしいですよ…。習慣化と呼んでもいいでしょう。

 

習慣は教育と訓練のステップでは、一番大事なテーマになり、最終の段階と言われています。具体的には、知っているだけでもダメ、理解しているだけでもダメ、できるようになっただけでもダメ、続けているだけでもダメ、最後のステップは、意識せずともできるようになり、当たり前の状態になって初めて最終段階と言われるのです。

 

子供の教育や躾でも、厳しく叱ってやらせるのは「意識すればできる」という状態です。つまり、叱られなければ止めてしまいます。それでは元の木阿弥です。結局、できるようにはなりません他方で、習慣づくということは「意識しなくてもできる」という状態であり、叱るかどうかに関わらずできるようになります

 

教育や躾の場面では「ニコニコしながら」というのもポイントになります。「これから叱るぞ」という「」を親や先生や上司が発していたら、子供や生徒や部下の意識は緊張したり抵抗してしまい、無意識の状態には入らないでしょう。この様にニコニコしながら語りかけられたら、抵抗する必要もなく、そのまま無意識の状態に入っていくものです。

 

  指導や教育の現場では「10回言ってできなければ11回、100回言ってできなければ101回」の精神で、人を育成することが大事なポイントになると思います。時には厳しく指導することも必要になるでしょう。それすらも相手の潜在意識に深くインプットする、入れるために敢えてするのです。

 

  私もコンサルタントとして指導者の役割を果たすために、同じように相手の無意識に入れることを心がけてきました。一つの技がうまくできない人に、言葉で説明したり、厳しく叱責したりしても決してできるようにはならないものです。何度も何度も繰り返して無意識に入れることでできるようになっていくものです。

 

  これに関しては、「担雪埋井」(タンセツマイセイ)と言って「雪を担いできて井戸の中を雪で埋める」という有名な禅語があります。これは最初から無駄なことだ、無理だと分かっていても、指導者は決して手を抜いてはいけない、省いてはいけない、諦めてはいけないのですよという教えを含んだ言葉なのです。指導者やリーダーを戒めている教えになります。

 

  ご家庭においては、お子さんが自分の話を聞いているかどうか分からないとき、また理解しているかどうか分からないときに、イライラする親御さんが多いことでしょう。会社での上司と部下の関係でも同じことが言えるでしょう。

 

そんなときも「今この子の潜在意識にインプットして刻印しているのだ」と考えれば、イライラせずに同じことを気長に何度でも語りかけられるようになるのではないでしょうか?スピードや目先の効果を重視する気持ちは理解できますが、私達に長い目、長いこころで、子供や部下を見守る姿勢が求められている様ですね。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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