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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2017/05/06(Sat)

(N0.418) 心の雑草を取り除け 

 「こころの時代」と言われて久しいものがあります。しかし、人間の心とは、それほどきれいなものではありません。

 

人間の心は、自然界の存在物と良く似ていると言えなくもありません。自然界の雑草は放っておいたら、またたく間に生い茂るものです。しかし美しいは、水を与え肥料をやり、虫を除き、丹精込めて育てなければ花は開きません。

 

 人間の心もそれと同じであります。心を放っておくと、心の中に雑草が生えてきます。人の心は維持管理のメンテナンスをせずに放っておくと不安、不平、不満、嫉妬に陥り、あるいは傲慢、慢心に染まってゆくものであります。その様に心の中には、ドンドン心の雑草が生えてくるのです。もし手入れを怠ったならば人間の心とは、それほどきれいなものではないということなのです。だから心の花を咲かせるためには、常に心を見張り、心の雑草を取り除かなければいけないと言えるのです

 

江戸後期の人である二宮尊徳は「世の中のあらゆる荒廃は、人間の心の荒廃から生じている」と言っております。そして、心を荒れ放題にしないためには、絶えず心の田んぼ、つまり心田(しんでん)を耕さなければいけませんよ、雑草を取り除いて下さいよ、と説いております。

 

では、心田を耕すには一体どういう心構えが必要なのでしょうか? それは「溌剌颯爽」(はつらつさっそう)で、いつも気持ちを爽(さわ)やかにしておくことです。いつも颯爽とした気分でいることです。溌剌颯爽こそが、心の雑草を取り除き、心の花を咲かせるには欠かせない基本的な必須の条件になります

 

この基本条件である、「溌剌颯爽」以外でも、心を耕し、心を鍛えて、心に雑草が生えないようにするためには、我々は一体どの様なことに気をつけたら良いのでしょうか? その答えは次の様に「すべての物事を前向きに考えること「いつも感謝を忘れないこと」「決して愚痴をこぼさないこと」「つねに明るく謙虚であること」などが必要であり、自分の心の状態に注意を向けて、心を鍛え続けることが大切だと思います。まだその他にも色々とあると思いますが、皆様にお任せしたいと思います。

 

世の中で見事な人生を生き抜いた人達は、例外なくこれら四つの項目を実践して、心を鍛え続けた人であると教えを受けたことがあります。「前向き、感謝、愚痴を言わずに、明るく謙虚」これらの四つの項目には、もともと凄い力が含まれているということなのでしょうね。ほんの少しの文字数ですから、できれば皆さんこの四つは、早速ご自分で身に付けて頂き、日常の生活で常に意識して実践なさることをお薦めしたいと存じます。

 

話しが少し転じますが、実は人間の心の領域は、大きく二つに分けて考えることができます。一つは「積極牲」という分野であり、もう一つは「消極性」という分野になります。これまで述べてきました「雑草」というのは、この消極性の領域と考えて良いと思います。

 

  雑草は、ご承知の様に毎日抜き取っていると、決してはびこることはありません。東京の皇居の庭がなぜあんなにきれいなのか。それは全国から集まる皇居清掃奉仕団の人々の雑草とり作業が続いているからなのです。これも毎日雑草を取っているからこそ、あの美しさが保たれているのです。もしそれが、数か月でも雑草取りを怠っていたら、いつの間にか雑草が生えてきて、見る見るうちに荒れてゆくはずであります。

 

  町中において、空き家の庭の雑草を見て、あらためて人が住んでいないのだなぁと感じることがあります。手入れを怠ると、あっという間に変化するものなのですね。

 

心の場合もそれに全く良く似ております。心の消極性という分野は雑草と同じ様に、ちょっと油断するとたちまち心全体の領域を侵してしまいます。だから、毎日毎日、消極性という雑草を取り除かなければならないのです。その摘み取り作業が、私たちの心構えを毎日補強・修正していくための第一の行為になるのです。

 

その作業とは、心の習慣のことを意味しているのです。よい習慣を付けることが即、消極性の摘み取り作業になっているということなのです。毎日の作業で心の消極性が取り除かれてしまえば、残った心はすべて積極的なものばかりとなるはずです。心が積極的になったあかつきには、仕事、健康、人間関係、人生、運命、幸福すべてが好循環すること間違いなしであります。

 

最後に短歌を一首

心こそ つねに積極 一辺倒 これができれば 鬼に金棒」であります。積極的な心、その心の鎧(よろい)で武装なさることをお薦めしたいと存じます。

 

 

 

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2017/05/13(Sat)

(No.419) リーダーに必需の「黄金の耳」とは? 易経に学ぶ (1/2)

易経に学んで行きます。トップやリーダーとして、どのような組織環境を築くべきなのかについて考えてゆきましょう。学ぶのは「火風鼎」(かふうてい)という「卦」(か)になります。組織を保つためにトップやリーダーのがいかに重要であるか、その理由とともに、リーダーはじめ組織全体が「聞く耳」を持つための環境づくりについて考えてゆきたいと思います。

 

黄金の耳」という言葉がありますが、君主や王様やトップの聞く姿勢の素晴らしさを褒めたものであります。要するに「自分にとって耳の痛い苦言を呈してくれる人々を大事にするのですよ」と、聞く耳を持っていることを「黄金の耳」と呼んでおります。我々もこの「聞く耳」と「黄金の耳」を持った人間やリーダーを目指したいものであります。

 

また、君主(会社組織では社長やトップリーダーのこと)が賢人を養って、そばに置く必要性を説いているのが、今から紹介します「火風鼎」(かふうてい)という「卦」(か)になります。賢人を養うのは、その賢人の見聞や見識、知見を用いてトップリーダー自身が「耳目聡明(じもくそうめい・・・頭が良くて理解が早いこと)になるためなのです。トップリーダーが「聞く耳」を持つことは組織全体に大きな影響を及ぼすのですよと教えています。現代の経営組織論やリーダーシップ論においても、十分に活用しても良い教えになります。

 

火風鼎(かふうてい)」の中の「(かなえ)と言う字は、普段は書くことが少なくて、難しい漢字ですが、食べ物を煮炊きする際の昔の銅製の鍋のことです。鍋の形の説明をしますと、下で薪(まき)を焚くために三本の足があり、その上には、料理をする食べ物を入れる胴体、そして出来上がった料理を運ぶために、つるやロープを通す耳が左右に二つ付いております。頭の中で想像して見て下さい。どこかで絵か写真などで一度は目にされたことがある形かもしれませんね。

 

その「(かなえ)はお祭りや祭祀の儀式で、君主に捧げる供え物を煮炊きする重要な器であることから、「鼎」(かなえ)の大きさや重さが、古代中国では君主の徳と実力と国の権威を表わす象徴であるとされておりました。「鼎」(かなえ)が大きく重ければ、その国の祭りは盛大に行われ、そして煮炊きした食べ物で多くの人々を養うだけの力があるというわけなのです。

 

2500年以上を経た現代でも「(かなえ)の軽重を問う」という故事が残っております。権力者の失脚を図り、その実力を試そうとするたとえに使われている様です。転じて権力や能力を疑うの意味があるようです。

 

この「火風鼎」(かふうてい)という「卦」(か)は、鼎(かなえ)の軽重を問われないための方法を教えているのです。その方法とは先祖、上帝(先帝)、神様をまつるよりも、今、生きている聖人賢人を大事にして養いなさいよというものです。それが一番大切なことですよとはっきりと書いてあります

 

火風鼎」(かふうてい)の説明文を読んでみましょう。賢人を養い、「聞く耳」を持つことは大いに吉であり、時が通るとあります。「火風鼎」(かふうてい)の卦は卦象(かしょう、陰陽の六本の(こう))がその形を良く表しています。君主は料理のために、木を火に入れて煮炊きした食べ物を周りに振る舞います。上帝(先帝)にも供えますが、それ以上に賢人には、上帝よりも多くの食べ物を供して養っていきます。それは、君主が賢人の貴重な意見を聞くための、従順な姿勢の表れであり、君主の耳目はその賢人のアドバイスを受けて、より聡明になってゆくのですよ、だから「耳目聡明」と言うのですよと書いてあります。

 

この様に「耳目聡明」という言葉はこの辞が出典になっております。古代中国では国外からの情報を得るために世界中から国を訪れる賢人を城に招き、今で言うシンポジウムを開いていました。現代の様に情報が簡単に手に入らない当時は、賢人が情報の宝庫であり、また各地の情報を伝達する報道的な役割をも併せて持っておりました。情報の担い手であり、優れた知恵を持った賢人たちを手厚くもてなすことで情報網が築かれていたのです。

 

火風鼎」(かふうてい)の辞は、先述致しましたが、上帝(先帝)への供え物よりも多くのものを賢人たちに振る舞って養いなさいよと教えています。外部の賢人だけでなく、組織内での有能な部下も賢人になります。現代の会社組織で言うならば、例えば会長よりも実際に組織に大きく貢献している部下に多くを与えて、手厚く養うべきなのですよと言うことになります

 

賢人とは君主の耳目となって働く人のことです。そして、その賢人が見聞きした見解を君主に伝えます。「あなたの国は今、こういう立場にありますよ」とか「あそこの国で政治が上手くいっているのは、こういうことを大事にしているからなのですよ」などと、国を保つための重要な情報を、賢人は君主に報告をしたり、忠告をしたりして、正しいアドバイスをするのです。この様な賢人の見聞と知恵によって、それを謙虚に傾聴したトップリーダーが「耳目聡明」になってゆくのです。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2017/05/20(Sat)

(No.420) リーダーに必需の「黄金の耳」とは? 易経に学ぶ (2/2)

(かなえ)とは大人数の食をまかなうための大鍋のことでした。煮炊きすると温度が上がって手では触れられないほど熱くなります。そのために祭りの場所へ運ぶ際には、左右の耳につるやロープを通して担いで運ぶのです。この時、左右に付いている耳が重みにしっかりと耐えるようでなければ、せっかくの食べ物をひっくり返してしまい、祭りも行えず、食べ物を皆に供することもできません。

  この耳の位置にあるのが王の立場・トップリーダーの立場であり、このことを例えとして「王様は聞く耳がしっかりしていないとダメなのですよ」と言っているのです。

 

卦象(かしょう、陰陽の六本の(こう)ではトップリーダーにあたる下から五段目の陰の爻(こう)が耳、最上の六段目は「つる」になります。つまりトップリーダーが聞く耳を持っていなければ、まつりごともなせず、人や社会を養うという重責にも耐えられないと言っているのです

 

  火を使うことで、生では食べられないものがごちそうに変化します。つまり役に立たなかったものが役立つように改まる、変化することを意味しています。我々は人の意見や言葉に目から鱗が落ちる様な思いをすることがあります。

 

多くの賢明な意見をトップリーダーの「聞く耳」は気づきだけでなく、役に立たなかったことや、あるいは思い悩んでいたことを改革して、役に立つように変える作用があります。だから前述致しましたが、君主の「聞く耳」の姿勢のことを「黄金の耳」と呼ぶのでしょうね。

  卦辞(かじ)に「(そん)にして耳目聡明なり」とありますが、「巽(そん)」は従順、柔軟という意味であり、トップリーダーが賢人に対して「自分の方が、あなたよりも政治のことはよく知っているぞ」との姿勢では賢人の明知、才知を用いることは決してできませんよ、と教えています。

 

逆に「確かな情報を聞きたいのです、お願いですから教えて下さい」という柔軟で謙虚な姿勢を持つことで、賢人の明知を用いることができますよ、と教えているのです。

 

  トップリーダーがその様な姿勢と態度で接するならば、「あぁそうなのか、だから私はあの時、失敗したのか」とか「あの時に下した判断と私の見解は正しかったのだ」とか「あの方法を取れば、間違いかも知れないと迷っていたが、この方法を取れば上手く行き、もっと良くなるかもしれない」などと、全ての物事が明らかになってゆくのですよ、心配はご無用ですよ、と教えています。

 

よって将来を洞察することや、兆しを観て察することも、聞こえないことを聞く心の耳と、見えないものを見る心の目が、この二つの力が相まって、耳が聡にしてかつ目が明らかになることから始まってゆくのですよ、つまり「耳目が聡明」になるのですよと説かれております。

 

この様に、トップリーダーには「聞く耳」が絶対に必要であるし、また、「黄金の耳」はリーダーの必需品であると、易経は何度も説いています。それは今も昔も聞く耳を持たないトップリーダーがあまりにも多いからでしょう

 

自分のやり方に固執して、人の意見などを受け付けない人、あるいは聞いてはいても、自分の腹の中におさめない人、また自分の都合のいい情報しか入ってこない環境を作っている場合など様々でしょうが、どの場合も聞く姿勢がないからでしょう。地位が上がり権力を持つようになると、人間誰でも傲慢になり驕りが出てきて人の意見など聞き入れなくなるのですね。人間の弱さが出てくるのでしょうね

 

  トップリーダーは賢人から聞いた情報をただ聞くだけではなく、腹に入れてよく煮詰めて考えて組織や社会に役立つものに生かしていかなくてはいけません。リーダー個人だけでなく、組織全体の体制としても同じことがいえるでしょう。それには、トップリーダーがそのような組織環境やシステムを作っていくことが必要になるでしょう。

 

トップリーダーが「聞く耳」を持つということは、自然体ではなくて、あえて人の意見を聞く環境づくりをしなければ、「聞く耳」は持てないものということなのです。「聞く」という姿勢をアピールして自分の耳目となって働く有能な人材を集めて養うことが大事ということなのです。リーダー個人だけではなく組織全体で環境を作り上げることが大切であるということになるでしょう。

 

具体的なやり方は皆様方の案に期待したいと思います。人が環境を造ることを忘れないで下さいね。人間が偉大になればなるほど素晴らしい環境を造るものであります

 

古代中国では聞く姿勢を持つ君主のもとには、賢人がどんどん集まり、君主は「耳目聡明」になって、正しい政治を行なっていました。そして国が繁栄し賢人が多く集まれば集まるほど、「(かなえ)は大きく重くなっていくのです。「聞かない」習慣や環境のもとでは、正しい情報提供者である賢人は決して君主のもとには寄り付かなくなり、残念でありますがその君主は、いずれは「鼎」(かなえ)の軽重を問われ(能力や権威を疑うの意)、衰退していく国ということになってゆくのです。

 

今回のテーマは、現代の経営でも充分に応用ができる考え方であります。活学を期待します。

 

 

 

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2017/05/27(Sat)

(No.421) リーダーに求められる「利他の心」 

リーダーには「徳と才」の両方が必要と言われています。「」とは才能の才で、知識や技術のことになります。では一体「」とは何でしょうか? 徳を突き詰めて考えてみますと、「自分の利や得よりも、自分以外の他者の利や得を優先して考えて行動する心」と言えるのではないでしょうか。つまり徳とは「利己の心」ではなく「利他の心」のことになります。

 

 我々は部下の失敗を叱る時など、感情的になって部下を叱ることがままあるでしょう。その“叱る”という行為の根底が、上司自身の面目や経歴に傷がつくという利己的な都合に根差しているのであれば、必ず部下の心は離れていくものです。しかし、上司が部下の成長を願って、愛情を持って部下の心のゆるみに腹を立てて叱るのであれば、上司の思いはいつかは必ず部下の心に届くものでしょう。

 

 とは言っても、利他の心を持つことは簡単そうであっても、なかなか難しいものであります利他の心を持つためには、確固たる人生観を確立する必要があります。「自分は何のために、この世に生まれてきたのか?」という根源的な問いかけを、自分自身にする必要があるでしょう。「人生の目的自分の最高価値観は一体何なのか?」などを確立することになるでしょう。人生観や哲学の領域になりますから、時間をかけてでも確立に向けてチャレンジをなさって下さい。恐らく一筋縄ではいかないかも知れませんが・・・。

 

 人生の目的は何かと考えを進めますと、「お金を稼ぐことが目的なのか?」「出世することが目的なのか?」「趣味を楽しむことが目的なのか?」などという問いかけを通して、最終的に「世の中への貢献を通して、自分自身の魂を磨くことが目的だ」ということに気づいた時に、恐らく使命感が開花することになるでしょう。

 

そして、“貢献する”という楽しみと、自己の人生に対する生きがいを知ることができる様になるのではないでしょうか? ところで「平成の経営の神様」と言われています、稲盛和夫氏は「人生の目的は心を高めること」、「人間性を高めること」、「人格を高めること」と言われています。この3項目を高めるとは、前述しました「魂を磨くこと」と同じものと理解して良いでしょう。易しく表現しますと「世のため人のために尽くすこと」と同じ意味と考えて良いでしょう。

 

業績への貢献、顧客への貢献、社会への貢献、環境保全への貢献、そして優良な人材を育成するという貢献など、このように世の中のリーダーの方々が果たすべき役割は実に大きなものがあります

 

  話しは転じますが「一燈照隅、万燈照国」「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」という言葉があります。中国古典の故事がルーツになりますが、比叡山を興した天台宗開祖の最澄が僧侶を育てる学校をつくる時に、学校の校則として、この言葉を利用したと伝わっています。

 

簡単に説明しますが、一人の良い行為は、世の中の片隅を照らすだけの光にすぎないかもしれないが、その光が大勢の人々から発せられれば、国全体を照らすことができるのですよ、つまり必ず共鳴する人が現れてきて、大きなエネルギーになるのですよという意味になります。そのためにはまず自分からはじめなければいけませんよと教えています。一灯が二灯となり三灯となり、いつかは万灯となって国全体を照らすようになりますよとの意味になります。最澄伝教大師はこういう精神でお坊さん達を育てていたのでしょうね。

 

私達が次の世代により良い社会を引き継いでいくことは、この時代を生きる者の責務であると考えています。今、自分自身がリーダーとして行う決断が、会社のみならず社会全体をより良い方向へ変えていくのだという意識を持つことが大切になると思います。それが正しい経営判断を生み、企業を安定成長に導いていくのです。「己の損得を越えること」です。地域の損得、日本の損得、世界の損得という大きな損得、大きな目標と志を考えよと言うことになるでしょう。

 

  使命感に根差した経営は、結局、自分自身の得や徳となって返ってくるものなのです。この様にとは、にも通じるものでもあるのです。ご安心を。

 

 

 

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