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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2018/01/06(Sat)

(No.450) 日本人と宗教 (4/4)

【「中道」の発見と、ついに悟りを開かれた】 

 

ある時、お釈迦さまは一人の農夫が歌う民謡を聞いてから、「極端を捨てて中道を行くべきだ」と気づかれたのでした。その歌の内容は「琵琶(びわ)の糸 きりり締めれば ぷつり切れ さりとて緩めりゃ べろんべろん」というものでした。糸の張りが適度でなければ、琵琶が良い音色を奏でないように、我々が良い生き方をするためには、極端な考え方や行動を排さなければならないのですよというわけです。

 

  振り返って考えてみれば、お釈迦さまの、宮殿での快楽の生活も、苦行の生活も、両方とも極端なものでありました。お釈迦さまは「これからは中道をゆく」と仲間に告げましたが、仲間は反対します。そんな中途半端なことはやめろというわけです。お釈迦さまが言わんとする中道とは、真理に至る大きな道という意味なのですが、仲間には理解が出来ませんでした。中道という概念はお釈迦さまが初めて発見されたものですから、やむを得ないでしょう。こうして仲間はお釈迦さまのもとを去ってゆきました。

 

その後、河のほとりに一人残されたお釈迦さまは、河を渡って対岸の地ブッダガヤに行かれました。そして悟りを開くまでこの場所を離れないという決意で大きな菩提樹のもとで坐禅と瞑想を続けられました。この様にしてお釈迦さまは12月8日の朝、ついに悟りを開かれたのです。三十五歳の時だとされています。その後八十歳になるまで布教活動をなさったと残されております。色んな意味で凄い人であられたのですね。紀元前のことですから、今から約2500年前の頃であります。

 

【お釈迦さまの教えとは何か?】

 

では、お釈迦さまは何を説かれたのでしょうか?教えの中で一番目に指摘したいのは先述致しましたが「中道」という概念です。これは仏教の根本をなすもので、他のどんな宗教にも見られないものです。現代は競争社会ですから頑張って、頑張って、勝者になってから楽しもうと、みな歯を食いしばって生きています。ですから明らかに頑張り過ぎであり、お釈迦さまの中道の精神からは外れております。毎日毎日をゆったりと楽しく、人に勝つのではなく、お互いに助け合って生きてゆく、そうした生き方が中道の教えなのです

 

もう一つ指摘したい教えは「縁起」という考え方です。因縁生起(いんねん しょうき)という言葉を略したもので、「」と「」から物事は成り立っているという意味になります。「因」を直接原因、「縁」を間接条件と言ってもよいでしょう。「縁起」のことを相互依存関係と思えば理解が早いかも知れませんね。

 

具体例で説明致しますと、例えば柿の種は「」で、それが発芽するためには土や水、空気や光、気温などの「」の条件が整わないといけません。これらの「」が熟してこそ、「」は「」を結ぶのです。私達はついつい「縁」を見落とし、「因」さえあれば「果」を手にできると思いがちですが、そうではありませんよとお釈迦さまは、この言葉でもって教えておられます

 

「因」にプラスして「縁」が加わって、初めてイコール「果」が生じて起こるのですよと説かれております。この考えが本当の因果関係になります。ポイントは「」の存在を決して忘れてはなりませんよ、ということになります。この教えは人間関係や仕事やビジネスや経営、ひいては長い人生においても当てはまる大事な考え方でありますから、決して侮ってはならない教えになります。

 

縁を活かすというテーマでは、徳川時代から有名な教えが残っていますから触れておきたいと思います。「小才は、縁に出会って縁に気づかず 中才は、縁に気づいて縁を生かさず 大才は、袖すり合った縁をも生かす」という文章です。

 

これは、才能の無い人間はチャンスに気づかない。中の才能の者はチャンスに気づいているが、縁をなかなか活かすことができない。とても才能のある大才の人間は、袖が触れるほどの些細なチャンスであっても逃さない。大物になる人物はチャンスに敏感であるという意味の言葉になります。

 

我々は毎日多くの人と出会っていますが、その出会いに気づかない人を小才と呼びます。中才は縁の大切さ、不思議さには気づくけれども大切にしようと実践をしない。いくら理解しても実践しないと意味はありませんよね。縁を活かせない人のことです。本当に才のある人を大才と呼んでいます。大才はどんなに些細な出会いでも一期一会と思って全力で接します。その心が相手を魅了して些細な縁から大きな出会いへと発展させていくのでしょう。

 

新しい縁も大切でしょうが、すでに知り合っている方とのご縁に感謝して大事にする。こういう人こそ「成功する人の生き方」かも知れませんね。

 

これまでの説明で明らかになった点は、仏教思想の根本は「中道」と「縁起」の概念でありました。 我々の悩みをなくすヒントがそこにあればよろしいですね。活学を期待します。

 

 

 

【新年のご挨拶】

 

新年あけましておめでとうございます。当経営コラムも早いもので10年目に入りました。これも読者の皆様方の温かいご支援のおかげと、心より感謝いたしております。

たくさんの方々から、感想や励ましやお礼の言葉などを賜りまして、ありがとうございました。この場をお借りして厚くお礼を申し上げます。

本年も、一心不乱の気持ちで執筆させて頂きますので、ご愛読の程よろしくお願い申し上げます。

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2018/01/13(Sat)

(No.451)企業のトップは、なぜリベラルアーツを学ぶのか? (1/4)

リベラルアーツliberal arts)とは、かつてヨーロッパ中世での大学では「人を自由にする学問」と見なされた自由7科目のことと言われていました。具体的には文法学・修辞学・論理学・算術・幾何学・天文学・音楽の7科目のことでした。が、現在は歴史哲学宗教などの人文・社会科学のことを指していまして、それがもっぱらリベラルアーツと呼ばれています。

 

この様に昔の概念と比べますと、言葉の意味する内容が少し変わってきていると思います。一般的には教養と訳されている様であります。誤解を招かない様に言っておきますが、かく言う私に、リベラルアーツという教養が完璧に備わっているという訳ではありませんので悪しからず・・・。

 

ではなぜ、今、リベラルアーツが注目されているのでしょうか? 今回のコラムは経営者や幹部の皆様にとって、リベラルアーツは将来にわたって、とっても大事な概念であると考えておりますので、一緒に考察してゆければと思い当コラムに取り上げてみました。

 

現状の欧米諸国のエリート教育においては、まずリベラルアーツを集中的に学んで、世界を視る目、つまり世界観を身に付けることが、人間としての基礎を創る上で不可欠であるという考え方が常識になっております

 

他方、我が国日本においては、リベラルアーツが意味しています、その教養は意外にも今まで軽視されてきておりまして、「いきなり専門に行きなさい」という発想でここまでやってまいりました。この様に振り返って見れば、日本と欧米とでは全く考え方が違っているのですね。驚いてしまいますね。

 

例えば、米国で医師になるには、文系理系を問わずに一般の大学を卒業し、新たに医学専門教育機関のメディカル・スクールに入学して四年間の専門教育を受けなければならない仕組みだそうです。一見遠回りの様ですが、一般の大学の学士課程のあり方が日本とは違う様です。日本では専門科目の方を大切にするカリキュラムですが、米国の場合は教養科目を徹底して重視しているとのことであります。

 

現代の世の中の変化を眺めて見ますと、グローバル化、グローバル化と言われ、猫も杓子も、国内の大中小零細の企業規模に拘わらずに、このグローバル化という現実から避けようにも、避けられない様であります。

 

世界化・地球規模化とも言われ、技術革新や規制緩和によって、人・モノ・カネ・情報が国境や地域の境界を越えて行き交う様になることであり、地球規模に拡大して様々な変化を引き起こす現象ともいえるでしょう。つまり誰でもが、グローバル化の影響を多かれ少なかれ受けているというのが現実の姿であります。

 

地球という世界が昔に比べて、距離が近くなった訳ではありませんが、テクノロジー(科学技術)の発達によって世界の距離が感覚的に凄く近くなっていると言っても良いでしょう。今はさほど感じておられなくても、そのうちに、より強烈に感じられるのではないかと思われます。

 

従って、経済や政治の分野においては、世界のエリート達と互いに共感できるだけの力が、我々日本人になければ、そもそも海外の相手と対話が成立しなくなってしまいました。これまでリベラルアーツの訓練が十分でなかった日本のエリート達が、グローバルな場で苦労している理由の一つはここにある、と言っても良いのかもしれません。

 

これから企業経営をスタートアップさせたり、現在も経営を続けておられる皆さんにとって、リベラルアーツとは一体何を意味するのか?に触れて頂き、グローバル化社会に通じる経営能力を磨いて頂ければありがたいなぁと考えてコラムを書いております。

 

(次回に続きます)

 

 

 

 

 

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・人間  ・経営学  ・経営戦略  ・人材育成  ・組織運営 

 

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2018/01/20(Sat)

(No.452)企業のトップは、なぜリベラルアーツを学ぶのか? (2/4)

現在のグローバル世界を動かしているのは、主にキリスト教文明をはじめ、イスラム文明、ヒンズー文明、中国・儒教文明の、四大文明の合計約63億人であると言っても過言ではないと思います。その数は地球上の全人類の約90%弱を占めていると思われます。

 

リベラルアーツの学びを通して、これら諸文明の特徴が明確に理解されるのではないかと思います。と同時に日本の企業の組織運営の問題点や限界も理解ができるのではないかとも思われます。また、新たにグローバル企業として立て直しを図る時にヒントにもなるのではないかと思われます。

 

私が感じている点は、リベラルアーツの中でも特に、多様性(ダイバーシティ)という点の重要性を実感しております。というのは日本の経済成長を支えてきた、ものづくりの現場で最近相次いで発生しているデータ改ざんの問題は、同質性が高く、閉鎖的な組織文化や組織風土が強い日本企業のもろさを浮き彫りにしたのではないかと考えております。

 

具体的に申しますと、コンプライアンス(法令順守)よりも、組織の論理を重視する。不条理な命令であっても上司には逆らわない。空気を読んで上司の意向を忖度(そんたく)できる人が優秀と評価されて出世する。など同質組織のもたれあいが行き過ぎますと、自浄作用が働かなくなります。異論を唱える存在を排除しようとする組織のあり方が、一連の不祥事の根底にあるのではないかという気がしてなりません。

 

こうした組織風土や企業文化を根底から変えるには、ダイバーシティという多様な考え方が決定的に重要だと思います。多様な価値観や経験を持つ社員が多様な意見を出し合い、組織にとってより良い判断をする。そのプロセスなしには、グローバル競争に挑戦することなどは不可能ではないでしょうか。

 

しかし、同質性を重んじてきた日本の企業には、無意味な慣習を打ち破ろうと自ら立ち上がろうとする社員が極めて少ないのではと思われます。マイナス点が付かない様に縮こまり、既存のルールに従う人が多数に上るのではないかと思われます。

 

メンバーがあうんの呼吸で動く、同質性の高い組織が効率的だった時代はもうとっくに過ぎ去ってしまいました。テクノロジー(科学技術)が急速に進化する中、個人も組織も変化対応力・適応力がなければ生き残れないと思います。同質性の高い組織から脱却して、ダイバーシティ(多様化)を進めて行かなければならないと思います。ダイバーシティを完全に取り入れて発展しているグローバルな世界の企業に学び、リベラルアーツのレベルを合わせて行かなければならないと考えております。

 

本来、経営者トップや企業人は、上へ行くほど決断をしなければなりません。いかに将来を見通しても右へ行ったら良いのか、左が良いのかは誰にも分からないものです。確信するのはとても難度が高いものでしょう。だからと言って決めないのは許されずに、誰かが決断をしなければいけないでしょう。


  その時に問われるのは、その人が人間として、どれだけの厚みを持って決断の根拠を自らの内に持っているかと言うことになるでしょう。その時に今回のテーマである「
リベラルアーツ」の底力がものを言うと思われます。


  なぜならばリベラルアーツとは知識の集積を通して、人間や経営者を成熟させるものであるからです。また、リベラルアーツとは、知識を獲得するだけでは身に付かないとも言われます。その知識を深く、深く掘り下げて「探求」しなくてはならないとも言われております。簡単には身に付かないものの様で、難度が結構高いテーマではないかと思います。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2018/01/27(Sat)

(No.453)企業のトップは、なぜリベラルアーツを学ぶのか? (3/4)

今日の、日本の大学の現状にも少し触れておきたいと思います。実は、教養や考える力を重んじるこの「リベラルアーツ教育」が注目されています。企業や会社だけでなく、大学生や高校生までもリベラルアーツに興味と関心を持ち始めている様であります。

 

彼らは、毎日、世界で発生するニュースを題材にして、背景にある歴史を振り返り、先人の知恵や、民族や宗教を知り、海外の多様性(ダイバーシティ)に触れて、それを受け入れる中で、未来を見通す力を養っているとのことであります。これらは将来を担う若者達にとっては十分に必要な教養の一つだからということであります。なるほどそうなのか、と一人でうなずいております。

 

この様に、グローバル化などの環境激動期に求められるリーダーを育てるには、大学などで、土台となるリベラルアーツ(教養)教育を取り入れることが重要であるとほとんどの識者達が口にしておられます。海外は日本と違って、リベラルアーツを中心に学ぶ大学が多い様です。リーダーの育成には、科学や数学を学ぶ基礎的な知識教育ももちろん重要であります。

 

しかし、グローバル化社会で生きてゆくには、リベラルアーツを通して歴史や哲学や文学、宗教の基礎を身に付けていなければ経営などの判断を下すことが出来ないのではないかと思います。つまり、この教養というリベラルアーツを身に付けていないと、間違った方向に突き進んでしまうリスクもあるのではないかと危惧しております。

 

先述致しましたが、判断や決断の意思決定が上手くできない経営者ができあがるということになるでしょう。だからこそ表題の、「企業のトップは、なぜリベラルアーツを学ぶのか?」の意味と理由が理解されたことと思います。

 

今から先の世界においては、誰もグローバル化の流れを止めることはできないと思います。その将来の日本の針路は若者達に託されています。「グローバル社会を生きてゆく」とは、単に英語を学び、留学をして欧米を知るだけでは済まないのです。異なる民族や宗教や哲学を越えて人間関係を築くためにも、英語で話せる文化や芸術分野の教養を深めていなければ難しいのだと言うことを理解して頂けたらと思います。

 

グローバル社会を生きてゆくリーダーは、常に意思決定を迫られることでしょう。その際に大切になる基本的な軸は、五つあるのではないかと考えています。具体的には、「世界観・歴史観・人生観・使命観・倫理観」の五観になるのではと思います。これらはリベラルアーツの学習を通して身に付けることが出来ると思います。さらに、これらの五観に加えて「」と、その志を実現するために必要な能力と、人的なネットワークが加われば、多くのことが可能になると考えております。

 

では、グローバルに活躍するリーダーには、どの様な能力が必要なのでしょうか?まずリーダーにとって普遍的に必要な能力として、「知識・理論」「考える力」「人間関係能力」の三つが挙げられるでしょう。

 

「知識・理論」とは、経営という知的ゲームに勝つために必要な定石のことになります。その「知識・理論」を使いこなすための能力が「考える力」になるでしょう。ただし自分一人で考える力ではなく、なるべく多くの人を巻き込むために、「人間関係能力」が必要になってゆくでしょう。

 

この三つの力に英語力、国際的視野・世界観、異文化コミュニケーション力が加われば、グローバル化社会に通用するリーダーになることは間違いないと思っています。世界は今、テクノロジー(科学技術)の発達で急速に変化し、必要だと思われる人材像も変わり始めています。求められる人材像が変われば、教育が変ってゆくのは必然なことになるでしょう。

 

新しい時代に備えるために、日本の大学の担う責任は大きいのではないか、と考えていますが皆さんはいかがなものでしょうか。文科省などの官僚や世界観を持たない政治家に任せておいて教育が変ってゆくのでしょうか?疑問であります。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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