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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2018/02/03(Sat)

(No.454)企業のトップは、なぜリベラルアーツを学ぶのか? (4/4)

話は少し転じますが、ディスラプションdisruption創造的な破壊と言うあまり使いなれない言葉があります。ディスラプションと言うと、ネガティブなイメージに捉える人が多いと思います。それは「破壊」と訳されることが多いからでしょう。武道の教えに「守破離」と言う教えがありますが、それとディスラプションは似ていると思います。「破壊」だけを強調するのではなく、どうやって「超えるのか」に意味があるからです。そういう風に考えますと、ディスラプションはポジティブな意味あいを持った言葉ではないかと思います。

 

そのディスラプションですが、今はあらゆる業界で技術のディスラプション創造的な破壊)が起きていると言われております。どうもその変化の波は止められない様であります。つまり、破壊的なイノベーション(革新)と言うことですが、それが起こる時代にあっては、過去の延長線上の経営手法や考え方に固執していては、自己崩壊するリスクが高いと思います。

 

 

その創造的な破壊が進んでゆきますと、今まで存在していた業界の垣根が無くなっていくことでしょう。よってどこから競争相手がやってくるのかが、全然分からない時代になってゆくでしょう。とんでもない業界から、ある日突然に競合が現われるかも知れません。異分野からの新規参入が進むケースも次々と発生すると考えてもいいと思います。

 

技術立国を掲げてきた日本ですが、技術を磨けば、なお世界でも戦えると考える日本人は多い様であります。高度経済成長期は技術を磨いて製品を造りさえすれば、みな幸せになれた時代でした。そうした時代が終わってから、もうすでに20年が経過してしまいました。そろそろ日本も目を覚まさないといけない様であります。いつまでもぬるま湯につかっていては、うかうかはできないかも知れませんね。

 

よって、これからの時代の、経営を進めていくには、中堅中小企業であっても大企業であっても同じ様に①「トップのリーダーシップ」と②「イノベーション(革新)」と③「グローバルな経営戦略」と④「戦略的パートナー企業との賢明な連携・・・(自前主義の独創をやめて、連携による共創の概念のこと)」の四点を、強く意識して経営することがとても重要であると考えております。これからの経営を間違いなく左右する、四大中核機能と呼んでもいいかも知れません。序列については順不同でありますので、ご注意を・・・。

 

そのイノベーションという革新力を身に付けるには、前にも出てきましたが、ダイバーシティ(多様性)が重要な要素になると思います。特に人材の多様性が不可欠であり、重要になると思います。経営においては、人材は最も重要な資産だと思います。「事業は人で始まり、人で終わる」とも言われております。

 

今後は外国人の採用の拡大などの多様性も欠かせないと思います。周りを見れば、戦略的で積極的な企業が、世界に打って出ようとしているのに、日本人だけでビジネスの議論をしていてもしょうがないと思います。また、「いかに人口知能(AI)の時代になっても、ゼロから1を生み出すイノベーション(革新)は人間なしには決してあり得ない」と思っております。

 

人材の多様化では、性別・人種・キャリアなど、様々な視点が必要になってゆくことでしょう。企業経営がグローバル化するなかで、健全な組織に多様な人材が根付き建設的な議論をすることが求められています。この様に反対意見を持つ人間を集めることで、議論は正しい方向に向かうものです。当然ながらビジネスもドンドン前向きに進むはずです。

 

会話はどれほどしても、し過ぎることはないと思います。「自分(達)と違う意見を持つ人の話しこそ、聞くべきであり、同じ意見なら聞いても意味がないのでは」と考えます。多様性こそが、あらゆる活力の起爆剤になるものであり、人材などの多様性が地域の活性化の力になるものと思っております。 今後はドンドン多様化・ダイバーシティを推進して行かれることを提言致しまして、終わりにしたいと存じます。

 

最後にもう一度繰り返しますが、「ぬるま湯につかっていて、かつ危機意識の乏しい人は、イノベーションは決してできない」と考えます。活学を期待します。

 

 

 

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2018/02/10(Sat)

(No.455) 仏さまの物差しに学んでみましょう (1/3)

私たちは、若いことが幸せであって、老いや年を取ることは不幸なことであると考えているのではないでしょうか。また、お金持ちであることが幸せで、貧乏を不幸なことであると思っているのではないでしょうか。健康についても同様で、健康志向が高い一方で病気を憎んでいるかのような気が致します。

 

しかし、そのような考え方は、間違っているのかも知れません。経済や社会のシステムに限界が見えてきた今だからこそ、仏さまが残された教えに今一度、耳を傾けるべき時ではないでしょうか。今回は、阿弥陀経(あみだきょう)と言う経典の中にある一文をもとにして、「幸せになるためのものの見方」について学んでゆきたいと思います。

 

阿弥陀経と言う経典は、阿弥陀仏という仏さまがおられます、極楽浄土の光景を描写したものです。その中に「青色青光(しょうしき しょうこう)、黄色黄光(おうしき おうこう)、赤色赤光(しゃくしき しゃくこう)白色白光(びゃくしき びゃくこう)」という言葉があります。何を意味しているのかサッパリ分かりませんよね。そこで、この一文が何を言っているのかということを具体的に花にたとえて考えてみたいと思います。

 

極楽浄土には大きな池があり、そこには蓮の花が咲いているのですが、青い蓮もあれば、黄色や赤や白など様々な色の花があります。それらの花が、青の蓮は青い色を放ち、黄色の蓮は黄色の色を放ち、赤の蓮は赤い色を放ち、白の蓮は白い色を放っている、とこの文章は伝えているのです。当たり前のことを何を今さらと思われるかも知れません。

 

しかし、私たちが住んでいる人間の世界、俗にいう娑婆の世界では、はたしてその色がその色通りに光っているのでしょうか?レッテルを貼ったり、差別したりしてありのままに見ているのでしょうか?先述致しました、阿弥陀経の四つの色と光の言葉を、三つに分解して一つずつ見ていきたいと思います。

 

老若(ろうにゃく)をみる物差し】について

 

最初に、阿弥陀経にある「青色青光(しょうしき しょうこう)、黄色黄光(おうしき おうこう)」の部分を眺めてみましょう。青色を青年つまり若者と考え、黄色を落ち葉の色と捉えて老人として考えてみましょう。極楽世界の仏さまの物差しでは、「若者は若者として光っている、同様に老人も老人のままで光っている」ということになります。しかし、我ら娑婆世界の物差しでは若い方がいいのだ、年寄りは駄目だと考えている様です。「若く見えますよ」と言うと誉め言葉になりますし、老いると「年は取りたくない」と愚痴をこぼすものです。

 

中国では老いるということを熟成の意味に解釈しますし、英語でもオールドマンという言葉は知恵のある人ということを意味しています。老酒(らおちゅう)とかオールドパーというお酒は、それこそ熟成された美味しいお酒です。年を取ることにマイナスイメージを抱くのは現代の日本人だけではないでしょうか。

 

我らが生活している娑婆の物差しではなく、仏さまの物差しで物事を見られるようになるのは、多分ですが、ある程度年齢を重ねて老いてからではないでしょうか。俺は生涯現役だからと言って、いつまでも我々の娑婆の物差しにしがみついていたのでは、仏さまの物差しでの判断などはできないかも知れませんね。

 

最近はお年寄りらしく、枯れて熟成した老人が少なくなってきたのではないでしょうか。だから子供達にいろいろな知恵を授けることも減ってきているような気が致します。昔であれば、「もっと勉強しなさい」と親が叱っても、お爺さんやお婆さんが「いいんだよ、お父さんも子供の頃は勉強ができなかったんだから」と言って慰めては、孫たちを楽にさせたものでした。私も子供時代を懐かしく思い出しています。

 

まとめますと、「若者は若者で素晴らしい、老人は老人で素晴らしい」こういう考え方こそが仏さまの物差しなのです。私たちは、ついつい現実の娑婆の物差しで老若を見てしまいがちですが、できる限り仏さまの物差しを身に付ける様に努力したいと思います。

 

(次回に続きます)

 

 

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2018/02/17(Sat)

(No.456) 仏さまの物差しに学んでみましょう (2/3)

貧富をみる物差し】について

 

次に「黄色黄光(おうしき おうこう)、赤色赤光(しゃくしき しゃくこう)」の部分を考えてみましょう。黄色は黄金ですからお金持ちを意味し、赤色は赤貧(せきひん)という言葉があるように、貧乏人ととらえてみましょう。すると仏さまの物差しで言えば、金持ちは金持ちで光り、貧乏人は貧乏人で光っているのですよということになります。この場合、光っているというのは、幸せであるという意味になりますしかしながら私達は、娑婆の物差しで世間を眺めていますから、金持ちが良くて貧乏は悪いことだと思っている様であります

 

もう約60年前のことになりますが、1960年に池田内閣が所得倍増論を掲げて登場して以来、高度経済成長を続けて日本は経済大国になりました。世界的な標準から見れば、贅沢な生活ができる様になりました。なるほど現在の私達は、美味しいものを食べています。いや、美味しいものを食べるために血眼(ちまなこ)になっているようでもあります。しかし、お金を払って美味しいものを食べることと、美味しくものを食べることは違うのではないかと思います。美味しく食事をするコツは、家族が揃って健康に笑顔でいただくことでしょう。そうした幸せを私達は忘れてしまったのではないでしょうか?

 

本来であれば、池田内閣が登場した時点で、貧しいままでも幸せになる道があることを、仏教学者や宗教の指導者たちが、国民に向けて指摘をすべきだったのでしょうが、残念で仕方ありません。あまりにも時間が過ぎてしまいました。前回にもお話し致しましたが、お金持ちであることが幸せで、貧乏を不幸なことであるとずっと思い続けているのではないでしょうか。その価値観をほとんどの日本人が持ってしまったのではないかと思われます

 

バブルがはじけた頃(1989年頃)から今でも、景気回復という方向に政治は動いている様です。しかし、このまま経済成長を続ければ資源やエネルギーはなくなってしまい、環境も汚染されてしまい、怖いことですが、地球は破滅の方向に向かってゆくのではないでしょうか?ある意味では世界の行く手に大きな壁があるのではないかと考えています。このままでは色んな利害が衝突してしまいますから、こうした現状から逃れるためには、今こそ大きくカーブを切って減速して方向転換をする時期ではないのかなと思ったりしています。

 

お金というのは、神さま・仏さまから預かったもので、それを増やして社会のために使うというのが本来の目的ですよ、というのが宗教の考え方なのです。社会のためにお金を使いやすいようにとお金持ちにお金を預けているのですよという訳です。日本では「金は天下の回り物」とも言われていますよね。貯めるだけではなく使わないと入ってこないと解釈しても良いのではないでしょうか?

 

アメリカの鉄鋼王と呼ばれた大富豪のアンドリュー・カーネギーは、富は神からの委託物であるという確固たる信念のもと、事業を売り払って得たお金でカーネギー社会事業団を創りました。また、アメリカのお金持ちには遺産の大部分を大学病院などに寄付をして、人生の最後を迎える人が多いとも聞いております。

 

仏さまから預かったお金という考え方は、昔から教えられていますが、布施(ふせ)の思想に繋がっていると思います。預かったお金ですから受け取って有益に使っていただく誰かを探さなければなりません。その人が見つかった時に、仏さまにお返しをすることができるのですから、「ありがとうございます」という感謝の心が生まれるわけです。

 

もらった方ではなく、お金を施した方、与えた方が「ありがとうございます」というのが布施の心なのです。一般常識とは、まるで反対のようです。「もらって頂いて、どうもありがとうございます」という心なのです。ですから、仏さまがお金を使ってほしいと願っておられる人を捜し出すのが、お金持ちの仕事になるというわけなのです。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2018/02/24(Sat)

(No.457) 仏さまの物差しに学んでみましょう (3/3)

インドには次のような民話があります。神さまに会いたいという子供が留守番をしていた時に、家に物乞いが訪れて来ました。「小遣いを恵んで下さい」と言われた子供は、「私は小遣いを持っていません」と嘘をつき、その物乞いを追い払いました。その後、帰って来た父はそれを聞いて、「神さまを追い返したね」と子供に言いました。しょんぼりする子供を父は慰めます。「神さまはまた来てくれるから今度は間違えてはダメだよ」と。

 

この民話で分かるように、インドでは物乞いを神さまとして尊敬する気持ちを持っているのです。それがお金持ちの本当の幸せにつながるからです。しかし、日本ではこんなに豊かになりながら、布施(ふせ)の心を持ってはいないと言っても良いのではないでしょうか。それはとても悲しいことです。お金持ちが必ずしも幸せとは限りませんし、貧しい人もまた、不幸とは限らないのです。

 

病気をみる物差し】について

 

三つ目の最後は「赤色赤光(しゃくしき しゃくこう)、白色白光(びゃくしき びゃくこう)」の部分を見てみたいと思います。赤色を健康、白色を病気と考えれば、仏さまの物差しでは「健康な人は健康で幸せ、病気の人は病気のままで幸せ」ということになります。しかし、私たちは健康イコール幸福であり、病気イコール不幸であると考えてはいないでしょうか?

 

病気に関しては、今の日本人は間違った考え方をしているかも知れません。病気にかかると病気を治して健康を取り戻そうとしますが、はたして本当に取り戻せるものなのか、もう一度考えてみる必要があると思います。それに、闘病という考え方が強すぎるような気がするからです。細菌の発見以来、細菌やウイルスを排除することによって病気が治るということになって、西洋医学は病気と闘うという思想を持ってしまいました。

 

しかし、こうした考え方では上手くいかない病気がいっぱいあります。たとえば生活習慣病である糖尿病や痛風などは完全には治らない病気ですから、食事療法などを続けながら、病気と仲良く生きて行かなければなりませんよね。闘病という姿勢でこれらの病気に臨めば、みじめになるだけでしょう。老化現象に伴う病気であれば、自分自身が自分の老いと闘わなければならないことになります。

 

癌についてもそう言えるでしょう。最近は発生のメカニズムについて色々な理論がありますが、癌は白髪みたいなもので、年を取れば必ず出てくるものと考えればいいでしょう。男性は三人に二人が、女性は二人に一人がなる病であると言われている様です。癌を闘病という思想で切除することになれば、それまで悪さをしなかった癌まで暴れ出すケースがあると聞きますから、やはり闘病を至上命令と思うことは危険なことではないでしょうか。病人が病人のままで幸せになるということは、病気と仲良くすることに他ならないと思います。

 

良寛さんが述べた「災難に逢う時節には災難に逢うがよきそうろう。死ぬ時節には死ぬが良きそうろう。これはこれ災難をのがるる妙法にてそうろう」という言葉の様に、病気の時はしっかり病気になれば良いのです。私たちは「病気が不幸、貧乏が不幸、老いが不幸」と思っていますが、とんでもありません。老いも若きも、お金持ちも貧乏人も、健康な人も病人も、そのままで幸せになる道もあるのですあらゆるものを肯定するというのが仏さまの物差しであり、それこそが阿弥陀経の教えなのです。人間の物差しではなく、仏さまの物差しを生活の中で生かしていきたいと思います。

 

最後にひと言。「あるから幸せではなく、感じるから幸せである」といいます。幸せとは、理性(頭)ではなく、どうも感性(こころ)の領域のもののようです。活学を。

 

 

 

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