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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2018/06/01(Fri)

(No.471) 片言隻句(へんげんせっく)の魅力に学ぶ (1/2) 

簡潔にして端的な表現のことを片言隻句(へんげんせっく)と言います。論語はもちろんのこと、東洋の古典というのは、簡明で端的な表現を伝統としてきているのです。

 

私淑している安岡正篤先生は、この片言隻句についてこう言われています。「元来、世間の人々は、長編論文なんていうものによって人生を渡るものではありません。大抵は片言隻句で、即ちごく短い、しかし無限の味わいのある真理・教えによって、生きる力を得るのであります」と。

 

また、「我々の生きた悟り、心に閃(ひらめ)く本当の智慧、あるいは力強い実践力、行動力という様なものは、決してだらだらと概念や論理で説明された長ったらしい文章などによって得られるものではありません。体験と精神の込められておる極めて要約された片言隻句によって悟るのであり、又、それを把握することによって行動するのであります」と話しておられます。

 

私は毎週本経営コラムを執筆しておりますが、片言隻句の短い文章だけで成り立っている訳ではないので頭が痛いテーマでもあります。分かりやすく表現しようと思えば、ついつい長ったらしい文章になってしまいます。申し訳ないと思っていながら書いております。

 

安岡正篤先生の、これらの言葉は我々の日常生活を振り返ってみても、まさにその通りだと言うしかありません。人を勇気づけ、その背中を押してくれるのは常に短い言葉なのです。私がいろんな書物から学んだ片言隻句はたくさんありました。そこで今日は、特に心に残っている片言隻句を少しだけ挙げて見ようかと思います。

 

最初に「(わか)くして学べば 壮にして為すあり。壮にして学べば 老いて衰えず。老いて学べば 死して朽ちず」の短文です。1行足らずの文章です。これは佐藤一斎の『言志四録』にある、「三学戒」といわれるものです。有名な文ですから、皆さんも一度は触れられている言葉だと思います。

 

安岡正篤先生著書の『百朝集』に、次の説明があります。以下転記してみましょう。若い者の怠けて勉強せぬ者を見るほど不快なものはありません。ろくな者にならぬことは言うまでもありませんが、まあまあ余程のろくでなしでなければ、それ相応に勉強する志くらいはあるものです。

 

壮年になると、もう学ぼうともせぬものが随分多いものです。生活に追われて忙殺されておる間に、だんだん志まで失ってしまうのであります。そうすると案外、老衰が早くくるのです。いわゆる若朽(じゃっきゅう 若くして朽ちてしまうこと)であります。肉体だけ頑健でも、精神が呆(ぼ)けてしまうのです。反対に能(よ)く学ぶ人はますます妙(みょう 極めて優れていること)であります。但し学も心性の学を肝腎とします。雑学ではだめであります。

 

この様にいう通り、若い時と壮年の時に、努力しなければ、老年にして、徒(いたずら)に傷悲(しょうひ いたみ悲しむの意)せんこと間違いない、之に反して老来(ろうらい 老年になってから)ますます学道に精進する姿ほど尊いものはない、とあります。まさに「三学戒」と同じことを述べておられます。

私が若い頃にこの「三学戒」の言葉に触れた時に、人生とは少年、青年、老年とずっと続くのだが、「人間は死ぬまで勉強して学ばねばいけないのか、へぇそうなのか」と初めて気づきを得て教わったのを思い出します。勉強ぎらいの私が、勉強の大切さを学んだのは、この片言隻句からでありました。ありがたいものであります。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2018/06/08(Fri)

(No.472) 片言隻句(へんげんせっく)の魅力に学ぶ (2/2) 

  前回は『言志四録』の中にある三学戒」という片言隻句に触れてみました。あらためて「三学戒」の意味を説明するまでもないとは思いますが、念のために書いておきましょう。「若くして学べば、大人になって、世のため、人のために役立つ人間になる。壮年にして学べば、年を取っても衰えず、いつまでも活き活きとしていられる。老いて学べば、肉体が滅びようとも、その精神は永遠に残る」となるでしょう。

 

私も人間として生まれたからには、命ある限り、こういうふうになりたいものであります。死んだ後も後世に役立つような財産を残す。遺産というものは形あるお金や物質だけではないでしょう。むしろお金よりも精神を残すことが貴重なのだと思います。精神であれば朽ちることはなく、何世代にもわたって伝えることができるものです。

 

まさに「肉体が滅びようとも、その精神は永遠に残る」のであります。だからこそ昔の人は、あえて片言隻句の短い言葉で残してくれているのだと思います。長ったらしい文章は何代にもわたって残りにくいと言うことを知っていたのでしょうね。納得であります。

 

ここで物や有形の財産に関しての短歌(31文字)を少しだけ思い出して触れておきたいと思います。

 

あの世へは 何も持っては 行けないの 裸一貫 元のままなり

スタートも エンドもすべて ゼロである ゼロで始まり ゼロで終わるの

人生は プラスマイナス ゼロである どんな人でも ゼロであの世へ

 

でありますから、我々は現世であまり物にこだわる必要は無いのですよと先人は教えております。

 

「三学戒」につづいて、次の二つ目の片言隻句は、「才徳の弁・小人君子の弁」を述べている言葉を挙げてみたいと思います。「才徳全尽、之を聖人といい、才徳兼亡、之を愚人という。徳、才に勝つ、之を君子といい、才、徳に勝つ、之を小人という。およそ人を採るの術、いやしくも聖人君子を得て之に与(くみ)せずんば、その小人を得んよりは愚人を得るに若(し)かず」とあります。司馬光の『資治通鑑』(しじつがん)という書籍に出ている言葉です。

 

意味を説明しますと、「才と徳が完全なる調和をもって大きな発達をしているのは聖人である。反対に才と徳が両方とも貧弱なのは愚人である。およそ才が徳に勝てる者は小人といい、これに反して徳が才に勝(すぐ)れている者は君子という。人を採用する時は、絶対的に君子を採って、小人を排し、万が一、小人を採るのであれば、むしろ才無き愚人を採るほうがまだ良いのです」となるでしょう。

 

才とは今で言えば才能の才で、知識や技能・技術、徳とは人間性や人格などと考えて良いと思います。この片言隻句は多少能力があるからと言って小人を会社に入れて、しかも、その小人に地位を与える様なことをしてはいけませんよ、と教えているのです。もしも小人を採るのであれば、むしろ能力のない人を採った方がいいですよと。

 

この「」という文字には、副詞として「わずかに」という意味があります。だからだけがあっても、それだけでは「わずか」に過ぎないのです。その才を活かすためには、基本の部にがなければいけないのですよ。徳という基礎の上で、才という能力を運用するのですよと教えています。

 

いかに才が多くあっても徳がないのならば、つまり小人のことですが、愚人を採る方が、まだましであるということになります。愚人は徳も才も不足していますが、育て方を間違わないならば素直でありますから、スクスクと成長し立派な人物になっていけますよという意味になります。

 

この片言隻句の文章を読まれた経営者は、一体どのような印象をもたれたのでしょうか?人財の採用活動において、どうしても才が中心であり、知識・技能・技術・専門的能力・学歴などを優先して合否の判定の物差しにしている企業がほとんどではないでしょうか?ご一考を。

 

 

 

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2018/06/15(Fri)

(No.473) リーダーは「上位目的」を持って国の危機に対処せよ (1/4) 

  デフレによって凋落してゆく日本

 

政治、経済、外交など様々な分野で課題が山積している日本ですが、その中でも最大の危機は何かと言えば、1995年頃からデフレに陥り、20年以上にわたって経済成長していないことではないでしょうか。そういえば少し前まで「失われた20年」という言葉が大流行していましたよね。

 

デフレとは物価が継続して下がっていくことですが、デフレにより売上単価が下がっていけば、企業はそれ以上に経費を削らなければ存続ができません。企業において最大の経費は従業員の賃金ですから、デフレ下では物価の下落以上に賃金が下がって行きます。要するに、日本では過去20数年にわたって「国民の貧困化」がドンドン進んできているのです

 

経済統計データによりますと、20年間で日本の世帯収入(二人以上)が大幅に低下していることが分かります。1995年には世帯当たり、年間660万円程度の平均収入があったにもかかわらず、20年後の2015年には546万円程度と114万円も低下しています。率にして17.3%のダウンです。さらに高額所得者が減少し200万円から400万円という低所得者層が大きく伸びています。

 

生活保護世帯も、1995年頃には60万世帯を下回っていたのですが、現在はその倍以上の160万世帯を越えて、最近も年々受給世帯数は増えております。生活保護の受給者総数も約210万人を超えた数になっております。この理由は高齢化のためだと言う人もいますが、この急増を高齢化だけで説明するのは無理があります。やはり日本は全体的に貧しくなってきたのです。「高齢化する貧困層」とか、「子供の貧困化」とか、「中高年女性の貧困化」などの文字が目に付くようになってまいりました。

 

また、世界と比較しても、全ての地域の国が経済成長しているにもかかわらず、日本のみが1995年以降、全く成長しておりません。そして、かつての日本は世界のGDP(国内総生産)シェアの約18%を占めていましたが、今やわずか6%程度という水準にまで落ち込んでいます

 

多くの人は日本を世界の経済大国だと思っているかも知れませんが、もはや世界に対する存在感は、かつての三分の一以下にまで低下しているという現実を受け入れなければなりません。ご存知の様に我が国のGDPは米国についで世界第2位でしたが、残念ながら2015年には中国に抜かれて3位に落ちてしまいました。ドンドン世界から差をつけられている様であります。

 

政治家やメディアには、こうした事実に対する危機感が全く欠けていますが、「日本丸」という船がまさに今沈没しようとしているのにその音が聞こえてないのでしょうか。兆しが観えていないのでしょうか。例えて見れば、自分が乗っている船が今沈みつつあるというのに、その船の中にある売店の経営者が、その日の売上や利益に夢中になって一喜一憂している様なものだと思いますが、いかがなものでしょうか。全体の将来の危機を知らずに目の前や目先のことで、本末転倒なことで悩んでいてどうなるというのでしょうか?この例えは、ちょうど今の日本の状態を表している様な気が致します。

 

では、なぜ日本だけがデフレから脱却できずに、経済成長ができていないのでしょうか?


 結論を先に述べますが、その大本の原因の一つが20年間にわたる「公共投資」の大規模な削減にあるのです。従来、日本では財務省を中心に「財政が厳しい」「無駄使いだ」などといって「公共事業叩き」がずっと行われてきました。皆さんも覚えていらっしゃると思います。そのため政治家もマスコミも、インフラ整備が国の経済成長に与える良い影響について主張することができなくなり、公共事業をこの20年間でかつての半分にまで縮小してきたのです。それが経済成長ができていない大きな原因であります

 

(次回に続きます)



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2018/06/22(Fri)

(No.474) リーダーは「上位目的」を持って国の危機に対処せよ  (2/4) 

  その一方で諸外国では、米国のオバマ前大統領、英国のキャメロン前首相やメイ首相、ドイツのメルケル首相など、世界のトップリーダーはインフラ整備の重要性について頻繁に発言をしてきました。彼らはどれだけ道路網や鉄道網、港湾整備などのインフラを構築してきたかによって、その国の産業の効率性や競争力が規定され、経済成長につながるかをよく理解していたのです。

 

恥ずかしい話ですが「インフラ整備が国家繁栄の基礎をつくるにも関わらず、インフラは必要ない、無駄である」などと言っているのは日本の政治家くらいなものであります。政治家の質が問われているテーマだと考えて良いと思います。

 

インフラ整備に関して諸外国の例に触れましたが、データを参考に致しますと、いかに自国の財政状況が厳しくても、米国は約2倍、英国は約3倍にまで公共事業費を拡大してきました。世界の国々が懸命に国土改善の努力を重ねている中で、日本だけがその努力を怠ってきたのです。その結果、日本のインフラは各国と比べて相当な遅れをとり、大きな差がついてきたのです。その結果として、前述のように経済成長がこの20年間全くストップしてしまったのであります。えっそうなのと、少し驚かれたかもしれませんね。

 

インフラ整備に関しての一例を挙げてみますと、人口8200万人のドイツが、時速130キロ以上で走れる13千キロの高速道路(アウトバーン)を持っているのに対して、人口1億2700万人の日本では1万2千キロほどしか整備されておりません。しかもその三分の一が暫定二車線という正面衝突の危険がある道路で時速70キロでしか走れません。

 

さらに鉄道においても、ドイツは約4万2千キロもの鉄道ネットワークを持っているのに対して、日本では約2万7千キロしかありません。自動車で移動した場合、ドイツでは1時間で約90キロ走れますが、日本では約50キロしか走れません。この差が経済成長に欠かせない物流効率や人の移動効率を下げているのは明らかであります。ちなみに日本とドイツの面積比は、日本を100とするとドイツは94ぐらいで少し狭い様な感じです。平野部はドイツの方がすごく多い様ですから、この点でインフラ整備が進んだのかもしれませんね。

 

ところで、働き方改革を進めるのは、もちろん良いことだと思いますが、まず、適切なインフラ整備によって生産性の向上が可能になるための条件である、「環境整備」に取り組むことこそが、政府の役割ではないのでしょうか。いまこそ私たちは西洋の歴史に学び、中長期的な視点において、国の発展におけるインフラ整備の重要性を認識しなければならないのではと考えていますが、いかがなものでしょうか

 

将来の話しに転じますが、2030年には、日本のすべての都道府県で人口減少に転じると予測されています。なかでも地方は厳しい様です。知らない人はおられないと思いますが、少子高齢化の進行であります。今ここで私が「もっともっとインフラ整備を進めよ」と言っても、色んな視点があるために、一筋縄ではいかないかもしれませんね。

 

なぜかと言いますと、例えば現在の道路・橋だけでも将来の2030年には全体の6割が建設から50年を超えるため老朽化が深刻になり、改修工事や修理が発生するとのことです。更新費用が発生するのです。仮に新規のインフラ整備をやめて、自治体の公共事業予算をすべて更新費に振り向けたとしても膨大な社会資本全体を維持することは、もはや難しいとも言われています。だから将来にわたって残すインフラや施設を選別するしか方法はないのではと考えております。

 

公共施設の老朽化や新築建て替え、小中高等学校の統廃合の問題もあるでしょう。市や町も現状よりも縮めてコンパクトな街に再編する必要があるでしょう。このまま人口密度が低下すれば、生活に欠かせないお店や施設の撤退も避けられないでしょう。車を運転できない高齢者が増えれば、今のような車に依存した都市構造では行き詰るかも知れませんね。

 

また、2030年頃には、住宅の3戸に1戸は空き家になるという推計もあります。だからもう郊外の開発は抑えるべきかも知れませんね。反復しますが、全てをコンパクト化するというコンセプトが大切になってゆくでしょう。そのコンセプトに従って現状を造りかえることが大事になるのではと思っております。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2018/06/29(Fri)

(No.475) リーダーは「上位目的」を持って国の危機に対処せよ (3/4) 

  今、我々が、なすべきことは、2030年以降の姿をもっと直視して、徹底的に想像力を発揮して、その対応策を決定することが重要であると思います。もちろんその道の専門家の知恵を借りることも大切になるでしょう。

 

自治制度の見直しや都道府県の再編、行政分野ごとの市町村間の連携や、県と市町村の機能統合を探ることなど、が必要になってゆくでしょう。個々の市町村が全ての行政サービスを単独で手掛けるフルセット主義は、もう限界に達していると思われるからです。また、政治も選挙制度も変える必要があるでしょう。そして人口減少に適合するような社会に変えてゆくことが必要ではないでしょうか

 

あと12年ほどで必ず2030年がやってまいります。過ぎてしまえば12年などはあっという間であります。地域社会で総力を駆使して取り組むべき最重要な課題ではないでしょうか。待ったなしの課題であります。

 

首都圏や関東地区では2年後2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けてインフラ整備に血眼だと思いますが、2年過ぎますと需要が急速に減少し景気に急ブレーキがかかると予想されております。その辺の変化は当然織り込んでもらって対応をして頂きたいと願っております。

 

日本のトップリーダーは、もっと上位目的や俯瞰の目を持て

 

この様に、いま日本が未曽有の危機状態にあるのはトップリーダー層がだめになったからだと思います。日本の中枢にいる政治・行政・大企業・銀行・大学などのトップリーダーたちが、「志が低くて、責任感がなく、自分たちの問題なのにもかかわらず、他人事のような発言をする人が多いからだ」と思っております。随分と落ちたものであります。今の国会の審議などを見ていてもその様に思えてならないのは私だけなのでしょうか。

 

残念ながら日本のエリート達は、いざという時に明言を避けて「知らない、忘れた、聞いていない、関与していない」などと責任逃れをする人や、他人に責任転嫁をする人(他責の人)が圧倒的に多い様です自分の責任であると自責の念が強い人はあまりおられない様な感想を持っております。実は他責の人では組織のトップリーダーは決して務まらないのです

 

残念でありますが、もうすでに世界中のエリート層の人々が、日本人のエリート層のこの様な特質に気づいている様であります。日本の中枢の人達の足元はとっくに海外から見透かされていると言っても過言ではないでしょう。なめられたものであります。これでは互角に議論をするも何もあったものではないでしょう。

 

では、なぜそのように堕落してしまったのでしょうか?

 

それはどうも組織に関する意識に原因がありそうな気が致します。日本の組織は集団意識や同質性が強く、多様性をきらい閉鎖的であることなどが指摘されると思います。集団の論理を最優先にして、不条理な命令であっても上司には逆らわない。空気を読んで上司の意向を忖度(そんたく)できる人が、優秀と評価され出世してきたからでしょう。この様な同質組織のもたれあいが長く続きますと自浄作用が働かなくなって行くのです。

 

今の日本は、民も官も大企業も中小企業も、ちょうどこの様な状態ではないのかと危惧しております。各所で色んな不祥事が発生していますが、共通性が感じられます。組織において多様性を発揮して異論を唱える存在があれば、それらを排除しようとする組織のありかたが根をはっているからなのでしょう

 

私は「このままでは、日本は沈没する」とリーダーのあり方に対してずっと、ことあるごとに警鐘を鳴らしてまいりましたが、どうも今後はその様に推移するような予感がしております。洞察というか予兆を感じております。素早い対応が絶対に必要であると危機感を感じております。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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