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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事
    一般社団法人アジアビジネス連携協議会(ABC) 顧問

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年超
    人間学・経営学など幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2020/09/11(Fri)

(No.589) 「易経」に学ぶ「萌し」と「兆し」の違いについて 

  約5000年前の中国で生まれた書物である『易経』の教えを、現代の人生や、会社経営で起こりうる問題に応用し関連付けながら学ぶことが大事だと思います。

 

今回は、「萌し」と「兆し」の違いについて、考えてゆきたいと思います。それでは「きざし」とはなんでしょうか。易経の中には二つの「きざし」、つまり「兆し」と「萌し」が書かれています。この二つの「きざし」は似ているようですが、はっきりとした違いがあります。

 

まず「萌し」は、とてもわかりやすいもので、注意深く見ていれば大抵の人は気づきます。たとえば、春になる前に春の息吹を感じることがあります。外はまだ寒いけれど、木の芽がほんの少しほころんで色づいてきたような、たまに春を思わせるような一瞬の陽気があります。これが「萌し」です。萌しは現象として目に見えるし、形として見えるものになります

 

また一方の「兆し」とは、目に見える現象にとどまらず、目に見えない本質をも観ることにより、何が起こっているのか、これからどのように対応すべきかを察知することになります。目に見えないものを観ることができなければ兆しを知ることはできません

 

易経における「(かん)」について。実は「(み)」の字は「(しめ)」とも読みます。私たちが目に見えないものを観ることができるようになるのは、現象に顕われていないだけで、すべて観(しめ)されているからです。

 

大自然は何ひとつ隠してはおらず、その本質は観る力があれば誰であっても観ることができるという意味なのです易経の「時の変化の法則」を知れば、冬の次には必ず新しい春が来ると確信して希望をもつことができます。もしその変化の法則を知らなければ、冬を迎えて絶望するよりほかはありません。しかし冬の次には必ず新しい春がやってくるし、夜は必ず明けて朝になります。

 

この法則を自分の人生に摺(す)り合わせてみれば、苦しい現実の中にも希望を見いだすことができるし、この時に何をすべきかが明らかになり、豊かな人生を創り出すことができるでしょう。時々刻々と変化していくこと、その全貌がおおよそ察することができるのではないかと思います。

 

この察するとは「観(み)ること」でもあります。すなわち、ありとあらゆることで「観(しめ)されている」ものから、中心的な原理原則をつかみ取って、これからどのように変化していくのかを読み取ることなのです。

 

企業の経営者や組織のリーダーをはじめ、長たる者、責任を負う者は、「ものごとの本質を観る力を絶対的に養うように」と「易経」には書かれています。そして観る力を一番わかりやすく教えているのが以前にも述べていますが「春夏秋冬の原理原則」です。この春夏秋冬という四季の変化は誰もが知っている当たり前のことですが、私たちは果たしてそれを人生や経営に生かしているでしょうか。

 

実は「易経」には当たり前のことしか書かれていません。だからこそ私たちは読むことができるのです。不思議なことは何ひとつとして書かれていません。当たり前のことをもって、時はこのように変化していくのですよと書かれているのです。ご参考に。

 

 

 

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