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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事
    一般社団法人アジアビジネス連携協議会(ABC) 顧問

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年超
    人間学・経営学など幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2020/10/02(Fri)

(No.592) 感性型リーダーの10ヶ条とは? (3/4)

  二番目は、魅力的な個性か人望か、このどちらかがなければリーダーにはなれません。魅力的な個性とは、カリスマ性と言い替えてもいいでしょう。何かしら人を感動させることができる、人を奮起させることができる、そういう魅力的な個性です。あるいは人望がある、人間として尊敬される人でなければいけないでしょう。

 

この魅力的な個性か人望かのどちらかがなかったら、人はついていきません。優れたリーダーはこの二つをミックスして持っている場合が多いようです。両方あるに越したことはないですが、どちらか一方は最低として必ずなければならないということになります。

 

三番目に挙げた勇気ある行動力というのは、言い換えれば部下のためなら一肌でも二肌でも脱ぐということです。よく言われることですが、「部下のためなら死んでもいい」という上司のもとでしか「上司のためになら死ねる」という部下は育たないということです。

 

人間というのは、仮に財産がなくなっても、本当はほんの一部を失っているにすぎません。しかし、勇気を失ったら全部を失うことになります。また、リーダーは部下が何をしても全部自分の責任として受け止めなくてはいけません。自責の人と言います。「俺に任せておけ。心配するな。何とかしてやる」と言って問題を解決していくのが本物のリーダーの条件で、それが勇気ある行動力というものの具体的な姿になります。

 

ところが今、現代は、事が起きると「誰がやったんだ」と犯人捜しばかりしています。自分の責任は棚に上げてですね。それでは人はついていかないでしょう。ほんとにそうだと思います。

 

四番目は先見力です。洞察力と呼んでもいいかも知れません。これは、先を見通して部下に未来への夢と希望を与えることです。そういう先見力を養っていかなければなりません。そして、先見力を養うためには、しっかりとした歴史観を持って、時代の流れを的確につかんで「これからはこうなるから、俺(私)についてこい」という決然たる姿勢を見せなくてはいけません。そういうやり方で経営や事業をしていく必要があります。

 

そのような先見力を磨くためには、今をきちんと見つめなくてはいけません。その理由は、未来は今の中にあるはずですから、未来の一端は今の中にあるのだということを知らなければなりません。

 

そして、先見力を持ってを語るときには、あわせて情熱が必要になります。さらに情熱を持って夢を語るには「絶対にこうなるはずだ。確実になる」という確固たる信念がなくてはいけません。逆に言うと、このように情熱を持って夢を語るという力の根底に、先見力の支えが必要になるというわけです。

 

五番目は、これも情熱に関することですが、いま、自分たちのやっている仕事の意味、価値、素晴らしさ、凄さといったものを情熱を持って語る力を養っていかなければ人はついてこないでしょう。「いま、君たちにやっていただいている仕事には、こんなすごい価値があるのだ。こんな凄い魅力があるのだ」と本当に感じさせるためには、情熱を持って語ることがリーダーにとって絶対に要求されるからであります。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2020/10/09(Fri)

(No.593) 感性型リーダーの10ヶ条とは? (4/4)

  そして六番目は、リーダーは自分の生き方を支える哲学を持たなくてはなりません。人間にとっての最高の哲学は、「このためになら死ねる」というものを持って生きることです。使命観と言っても良いかも知れません。それは、なぜなのでしょうか?人生は一度だけで、二度はありません。人間は死んでしまったらおしまいですから、死んでもいいと思えるもの(使命・ミッション・最高の志)を持って生きる、それ以上の生き方はないからです。

 

特にリーダーは「このためになら、俺は命を懸けてやれるし、死んでもいいぞ」というものを部下に見せなければいけません。そういった強くて確固たる信念を持ったリーダーに部下がついてくるのです。死を恐れずに立ち向かうという、そういう気構え・気力がなければ誰もついていこうとは思わないからです。指導者がびくついているようでは、話にはなりませんから、ご注意ください。

 

七番目の成長意欲ですが、「自分はこれでいい」と思った瞬間に成長は止まってしまうということなのです。人間としてもっともっと成長したいという意欲を指導者が持っている限り、人はついていきますけど、リーダーが成長意欲をなくした時に、その会社の発展は止まるでしょう。「これでいい」というのは安住と安楽の心になります。「安住、安楽は悪魔のしとね(褥、座布団のこと)」とも言われています。「もうこれでいいじゃないか。こんなもんじゃないか」というのが悪つまり苦境や苦難の始まりであるという意味になります。

 

ある意味では、安全以上の危険はないとも言えるでしょう。むしろ、逆境よりも、安泰であり安心している順境の方が怖いとも言われ警鐘を鳴らしております。今は日本全体がそうなっております。豊かさに安住しているうちに活力を失ってしまったとも言って良いと思います。これを変えるには現状を打破する力が必要になるでしょう。

 

それが八番目の創意工夫になります。創造とは破壊する勇気から生まれてくるものですから、壊せない人間には創造はできないとも言えます。また破壊するには問題を感じる必要がありますから、破壊するのも感性の力と言っても良いでしょう。創造的破壊(シュンペーターの)と言う言葉も浸透しているように感じます。同じ意味だと思っても良いと思います。リーダーに求められているのは、破壊する勇気と創造の意欲だと思って下さい。

 

九番目の文化力についてですが、リーダーはただ仕事ができるだけじゃなくて、文化的な分野においても玄人はだしであることが望ましいということです。そういう力を持つと、部下はリーダーに人間としての親しみを感じ、その人間性に信頼を寄せて心服するものです。その様にリーダーには、仕事以外の面で何かしら人を心服させる部分が必要なのです。それがリーダーに対しての親しみを感じさせるからです。

 

その意味で文化力というのは、リーダーになくてはならない重要な統率力の一つだろうと思います。具体例をひとつ挙げますと、豊臣秀吉とお茶の道は有名な話であります。茶道の師である千利休が出てまいりますよね。

 

さて感性型リーダーの10ヶ条の最後の十番目は、人間性の豊かさがないとリーダーにはなれないという点です。いろんな個性や価値観、考え方を持った部下を率いていくためには、リーダーに人間性の豊かさや幅、包容力がないといけません。そういう大きな器をつくる努力をしないと、リーダーとしての成長を成し遂げることはできません。

 

感性というのはもともと包括の哲学ですから、包容する力なのです。理性は分けていくものです。専門化して細分化してしまいます。理性・知性の究極の姿は、専門的権威は手にすることはできますが、逆に専門的愚昧といって世間音痴になり世の中のことに全く疎い人物になってしまうと言われています。

 

最後に致しますが、感性の働きは、喜怒哀楽を味わい尽くすことによって生まれてくるものです。それによって初めて他人の苦しみを我が苦しみとして感じ、他人の喜びを我が喜びとして感じることができます。すなわち共感同苦、共感同悲、共感同喜ができるようになるのです。そのような感性の共振作用という働きは、喜怒哀楽を味わい尽くさないと育たないものだからであります。

 

以上が感性型リーダーの条件である10ヶ条になります。何か一つでも二つでもご参考に。

 

 

 

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2020/10/16(Fri)

(No.594)感性の時代到来とアフターコロナ時代をどう生きれば良いか? 

時はいま、激変動乱の時代、近代から次の新しい時代への大転換期であると言っても良いのではないかと思います。世界は西洋の没落と東洋の興隆を目の前にして体験中であります。西洋的な価値観が音をたてて崩落し、東洋的な価値観が世界を動かし始めています。

 

人間の本質は理性ではなく、感性であり心であるという時代になったと思います。理性は冷たくて感性は暖かいと言われています。西洋的な能力主義から東洋的な人格主義へと時代の要請は変わりつつあります。人材ではなく人物が求められているのです。

 

経済もお金を目的とする資本主義経済から、人間を目的とする人格主義経済へと移行し始めています。社会も権利を主張して責め合う西洋型の民主主義社会から、道義を重んじて許しあう東洋型の互敬主義社会が構想されています。今やすべてにおいて原理的変革が激しく求められているのです。

 

時代は人間に「激しく変われよ!」「激しく変えろよ!」と叫んでいる様に感じています。我々は決して変化を恐れてはならないのです。変化こそが生きている証であります。原理的変革の時代においては、自らが激変激動を呼び起こし、動乱を巻き起こす創造的破壊への勇気と行動力が求められています。2020年を境に世界は動乱と激変の時代に突入したとの印象であります。我が国は元号で令和の時代がスタートしたばかりなのですが・・・。

 

ゆえに変化が起こってから、どうしようかと考えるような、問題の後追いとなる変化対応能力では、あまりにも弱々しく消極的でみじめで生ぬるいと思います。変化や問題が起こってから対応を考えるようでは、苦しく辛い生き方からは抜け出せないと考えられます。

 

明治維新から今日までを考えても、百年たてばすべては激変するものです。いま2020年、目の前にある何をとっても、年明けからの新型コロナウイルスの感染の影響で、逆説的に表現すればコロナ禍のお蔭で、今のままでよいものは何一つありません。経済も社会生活もガラッと変わってしまいました。世界的規模でウイルスの蔓延や、悲しいことに死者が発生したりして辛い毎日ですが、ピンチをチャンスに切り替える発想の転換も必要であります。

 

意識をはじめ、心、考え方、ものの見方、今までの常識を含めて、我々の身の回りのすべてを変えなければならないのです。まるでマジックを見ている様に、今までの需要が一気に蒸発してしまいました。世界がまるっきり変わってしまいました。事業も経営方法も仕事の仕方も人との付き合いや交流の方法も変化が求められています。日常生活も新常態が求められています。ビジネスモデルもゼロから作り直さなければなりません。

 

今までの常識は役に立たなくなってしまいました。政治も経済も社会も医療も教育も働き方も、何でもかんでも、すべてにおいて変化することが求められています。

 

新しい時代をつくる創造力の原理は「常識で考えるのではなく、常識を変える、常識を考え直す」という発想の転換が必要になります。「常識を考え直す」とは、何事によらず「はたしてそうであろうか、本当にそうなのか、本当にこのままでよいのだろうか」と問うてみることであります。

 

激変の時代であるが故に、我々は今こそ常識に縛られずに、すべてを原点に返ってリセットし、ゼロベースに戻して、自由にはばたく野生の魂を勇気を出して取り戻さなければならないのではないかと思っています。

 

 

 

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2020/10/23(Fri)

(No.595) 国民教育の師父・森信三氏に学ぶ (1/3)

森信三氏の著作に「終身教授録」という有名な図書があります。この本は当時40歳前後の森先生が昭和12年から2年間、教師として大阪天王寺師範学校で語られた修身の講義を、生徒が筆録しまとめた本になります。

 

森信三(もりのぶぞう)氏は哲学者で国民教育の師父と言われている方です。(1896年~1992年96歳没) この「終身教授録」は出版されてから30年以上たちますが、今でも売れ続けている有名な本であります。今回はこの本に学んで、お役に立ちそうなテーマを選んでご紹介したいと思います。

 

「修身教授録」はその名が示す通り、人間が自らを修める道を深い哲学的思索の中から説き起こした書物ですが、私はこの修身という二文字が、いまほど重く響く時代はないのではないかと感じております。 教育界における道徳教育もすっかり形骸化してしまった感が否めません。これは大変悲しい現実であります。

 

廃(すた)れてしまった道徳を再興するには、誰もが納得し、かつ明快で実践的な哲学が必要になっていきます。「修身教授録」はまさにそれに耐え得る指標と言えるのではないかと思います。

 

願わくは数多くの人がこの本を目にすることによって、人として生まれてきたことがいかに尊いことなのか。一度きりの人生をいかに無駄にせずに、意義あるものにするかを悟り、自分の人生の向上、ひいては日本の道徳的復興に繋げるきっかけにしていただきたいものだと切に思っております。

 

「修身教授録」はページを開けば、そこに説かれた深遠な人生哲学、生きて行く上での知恵に誰もが驚かされるに違いありません。一例として、身の振り方で悩んだ時は「出処進退」の章、どうしても我慢が出来ない出来事に遭遇した時は「忍耐」の章、自分が生まれてきた意味を考えたければ「学年始の挨拶」「人間と生まれて」の章を読んでみると、何らかの答えが得られて心がスッキリするはずだと思います。

 

【人生をポジティブ(積極的)に生きるための秘訣について

 

森信三先生の教えや箴言の中で、最初に挙げたいのは、やはり「最善観」になります。

 

いやしくも我が身の上に起こる事柄は、そのすべてが、この私にとって絶対必然であると共に、またこの私にとっては、最善なはずだというわけです。それ故われわれは、それに対して一切これを拒まず、一切これを退(しりぞ)けず、素直にその一切を受け入れて、そこに隠されている神の意志を読み取らねばならぬわけです。』とあり、人生でどのような出来事に遭遇しようとも、天の命として謹んで受けなさい、という教えになります

 

この文章に触れた時、私は中国古典から学んだ「任天、任運」という言葉を思い出しました。字の示す様に天に任せる、運に任せると言う意味ですが、その時々の状況に流されるということではありません。最後の最後まで人事を尽くしきった上で、結果を天に任せる、運にまかせると言う意味になります

 

この最善観の立場に立てば、事業や人生において、成功した、あるいは失敗したなどと一喜一憂し、状況に翻弄されることもなくなります。人事を尽くしきった以上、結果がどうであろうと、それは天の意志であり、天の計らいであると受け入れることができるからであります

 

物事には偶然というものはなく、すべて必然であるということです。何故ならば、「因果の法則」が働いているからです。絶対必然観と呼びます。また天の計らい(天命)は必要だから発生したのだと思えば絶対必要観とも言えます。己の身に生じたことは、同じく天の計らいであるから、全てベストであり最善なのだと思えば絶対最善観であるとも言えます。この必然・必要・最善の3つをセットにして身に付けて頂ければと思います。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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2020/10/30(Fri)

(No.596) 国民教育の師父・森信三氏に学ぶ (2/3)

前回の人生をポジティブ(積極的)に生きるための秘訣】のつづき

 

また、この最善観と関連するものとして、森先生は「プラスとマイナスは表裏一体」「世の中は正直で公平そのもの」という教えも(下記に)残されております。

 

人生の事、すべてプラスがあれば必ず裏にはマイナスがあり、表にマイナスが出れば、裏にはプラスがあるというわけです。実際、神は公平そのものですが、ただわれわれ人間がそうと気付かないために、表面、事なき(無事な)ものは得意になって、自ら何かを失いつつあることに気付かず、また逆に、表面不幸なものは、その底に深き真実を与えられつつあることに気付かないで、いたずらに歎(なげ)き悲しみ、果ては自暴自棄にもなるのです。』とあります。

 

次に『世の中が不公平であるというのは、その人の見方が社会の表面だけで判断したり、あるいは短い期間だけ見て、判断したりするせいだと思うのです。つまり自分の我欲を基準として判断するからであって、もし裏を見、表を見て、ずっと永い年月を通して、その人の歩みを見、また自分の欲を離れて見たならば、案外この世の中は公平そのものであって、結局はその人の真価通りのものかと思うのです。』と述べてあります。

 

私たちは、これらの言葉を知っておくことによって、もし万が一、何か上手く行かないことがあったとしても、ポジティブ(積極的)な生き方に切り替えることが出来るのではないかと思います。活学したいと思います。

 

【人生二度なしについて

 

この教えも森先生の思想、哲学の根幹をなす重要なものの一つです。

 

諸君!! この人生は二度とないのです。いかに泣いてもわめいても、そのわれわれの肉体が一たび壊滅したならば、二度とこれを取り返すことはできないのです。したがってこの肉体の生きている間に、不滅な精神を確立した人だけが、この肉のからだの朽ち去った後にも、その精神はなお永遠に生きて、多くの人々の心に火を点ずることができるでしょう。』とあります。

 

人間は生まれたら必ず死ぬ。人生は二度と繰り返すことができない。この至極当たり前の事実がどれほど重要かを、私は森先生から教えて頂きました。その当時の私は、知識として知ってはいる、単なる学知の状態であって、自覚するまで意識している状態の覚知までには至っていなかったということなのです。

 

また『四十になって、初めて人生に対して愛惜(あいせき)の念を起こしているようでは、実は手遅れだと思うのです。』と自らの反省の弁を込めて述べておられます。我々にもっと早く気付かなければいけませんよと言われているのです。

 

我々は、生きる上で生命ほど貴重なものはないにも拘わらず、その真価に気づかないまま人生を空費してきたことに後悔の念を抱きます。かく言う私もその中の一人でありました。

 

私が五十代以降の人生を、自らの使命に向かって全力で生きようと強く決断できたのも、まさにこの「人生二度なし」の教えに出会ったお蔭であります。年齢的には少し遅い様な気が致しますが・・・。

 

若い頃には「人生二度なし」の六文字の言葉に触れても、まだまだ先は長く、健康でいられると思い心にピーンと響かなかったのでした。仕事が忙しくて、人生を真剣に考えることが少なかったために、気づくのが遅かったのだと後悔しております。 でも、遅かったけれども、まだ気づいただけでも良かったのかも知れませんね。

 

(次回に続きます)

 

 

 

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