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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事
    一般社団法人アジアビジネス連携協議会(ABC) 顧問

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年超
    人間学・経営学など幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2014/11/08(Sat)

(No.288) リーダーよ君子の道を進め (2/4)

それでは、いかに君子を目指すのかを述べる前に、私が中国古典から学んだ人生観について触れてみたいと思います。私事で恐縮ですが、私は中国古典から大きく次の五つのことを学びました。
 
1.天の存在を認めて信じること 
 
  世の中には神を信じる人、人智を越えた存在で宇宙の根源のような、サムシンググレートと巷で言われている、いわば不可思議とでも言うのか、天地大自然の創造主の存在を信じる人もいます。反対にそういう存在を全く信じない人もおられるでしょう。なにせ目に見えるものでもないし、科学的に証明することもできないテーマだから当然と言えば当然なのです。
 
私は人智を越えた何か大きな根源的な存在を信じている者の一人です。宇宙論・宇宙エネルギー・波動・大自然の摂理などを探究した結果、自然にその様なことを信じる人間になったような気がします。その様な天の存在を認識したとき人間は変わっていくのではないでしょうか?大切な点はどう変わるのか、又それを日常の生活や仕事にどう活かすのかと言う点ではないでしょうか。
 
大学」には「君子必ずその独りを慎むなり」と書いてあります。人目のないところでも天は自分を見ている。その事を自覚して独りでいる時を大切にする、人目のないところでも人の道に外れたことはしない。自分一人の時でも自らを律しなくてはいけない、という気持ちになるのです。このことが独りを慎むということで「慎独」(シンドク)といいます。
 
また、「老子」の中には「天網恢恢(カイカイ)、疎にして漏らさず」とあります。「天の大きな網の目は非常に粗い様に思えるだろうが、決して悪事を見逃すことはない」という意味で、悪事を戒めています。
 
同じように「後漢書」には「天知る、神知る、我知る、子(シ)知る、何ぞ知ることなしと言うや」とあります。これは「誰も見ていないからいいじゃないかと、あなたは言うが天も知っている、神も知っている、私自身も知っているし、当然あなたも知っているじゃないか。どうして誰も知らないと言えるのか?」と教えていて、これもまた悪事を厳に戒めているのです。
 
  この様に「徳行の優れた君子という者は、その独りを慎み、誰も見ていない所であっても人道に外れたことはしないものだ」と言っているのです。これらは天の存在を信ずるがゆえに生まれてきた言葉と言っても良いでしょう。
 
次は「論語」にある言葉です。「君子に三畏(サンイ)あり。天命を畏(オソ)れ、大人(タイジン)を畏れ、聖人の言を畏れる。小人は、天命を知らずして畏れず、大人に馴れ、聖人の言を侮る」とあります。
 
  解釈してみますと、「君子は三つのことを畏れる。一つは天命、自分が天から与えられた命(命令・役割)を畏れる。二つ目は大人、立派な人を畏れる。そして三つ目は聖人の言葉、例えば孔子の言葉のようなものを畏れる。
 
  ところが小人は天命を知らない。一体、自分はいかなる天の命令を持って生まれて来たのか、この世の中でいかなることをしていくべきなのか、そういうことを全く知らないがために天命を畏れることがない。立派な人にも馴れ馴れしい態度で接するし、聖人の言葉も侮るし軽視する」と言っているのです。
 
この「畏れる」という態度は非常に大事だと思います。例えば大人を畏れれば、その大人を尊敬する「」の心が生じます。そしてこの「敬」の心と一対になっている「」という気持ちが生まれてきます。あの立派な人に比べて自分はどれだけ劣っているのだろうか、自分なんか、まだまだ修養が足りないのだと恥ずかしく思う気持ち、それが「」の概念です。
 
」があるから、自分はもっともっと努力して修養しなくてはいけないと自らを反省し、それをバネにして自分を伸ばして行くことができるのです。自分を成長させるためにも、天を畏れる気持ちを持つことは非常に大事なことだと思います。
 
ちなみに世間一般の「」と言えば主に(貧しいこと)・(身分や地位が低いこと)・(老いること)の3つが恥であると思っている人が多い様ですが、これらは恥でも何でもありません。自分だけの栄誉や富を求める姿勢が恥であり、もし、そうであれば、それを正して行かねばなりません。昨今はこの恥の概念を取り違えているリーダー達が多いような気が致します。
 
ではリーダー達に求められる本来の恥とは一体どんな点なのでしょうか?主な3点を上げておきましょう。
 
①世のため人のために尽くし貢献する仕事・徳業をしないこと(事業の根本哲学は利他の心である)
②人を大切にしないこと、優秀な人材を活用しないこと(事業の根幹は、知識・技術・金ではなく人である)
③親孝行をしないこと(全ての道徳の根本である)
 
この3つの恥がリーダーや指導者にないかどうかを常に反省することが求められていると思います。
 
(次回に続きます)
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