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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2016/10/08(Sat)

(No.388) 分かるには各種の段階がある (その14)

No.382)の「学び方を学べ」でも述べていますが、身につける」学びにおいては、知識や情報を得ただけ、あるいは頭で理解しただけでは意味がないことを何度も触れて参りました。「本当に知るとは実践が伴うことである」という「知行合一」(チコウゴウイツ)の教えのことでしたね。今回もその内容に近いお話をしたいと思います。

 

  一般的には「分かりました」という言葉は、日常生活で頻繁に用います。が、よくよく整理して考えてみますと色々な段階があることに気づかされます。知行合一」の教えが身についた方からは簡単に分かったと言うな」と厳しく注意を受けそうな気がいたします。

 

  そもそも学ぶということは、様々なことを「身につける」ためにしているわけで、知識や情報を得ただけでは「分かった」といえるはずがありません。

 

  ひとことで「分かった」とか「分かる」といっても、理解の深さによって段階があることに気づかされます。それは「分かった」と感じる基準が人それぞれにあり、各人で基準がそれぞれ異なっているからなのです。以下に四つの段階の「分かった」について触れてみたいと思います。

 

 ① 最も浅い理解は、知識や情報を得ただけで「分かった」と感じることです。インターネットが普及して、私たちが触れる情報量は圧倒的に多くなりました。その中から自分が必要としている情報を受け取るわけですが、現代においてそのスキルが重要なのはいうまでもありません。

 

  他方で「身につける」学びにおいては、時代の変化に関係なく、そのプロセスは変わっていません。それは体験し・体感し・会得することです。そして、会得したことをいつでも、何度でも再現出来るように訓練することになります。

 

この最も浅い理解で、知識や情報を得ただけで「分かった」と感じる人は、それ以上に自ら求めることはないでしょうから、この基準の「分かった」のレベルでは、全くその人の身にはつかないものになるでしょう。

 

 ② 次の浅い理解は、一度出来ただけで「分かった」と感じることです。これでも理解の深さは十分とは言えません。その一度は偶然かもしれませんし、条件や環境が変わったら全く出来ないかもしれません。一度だけ出来ただけで「分かった」と感じる人も、それ以上に自ら求めることはないでしょうから、ほとんど身につかないと思います。

 

 ③ 深い理解は、いつでも、何度でも再現出来る様になって初めて「分かった」と感じることですこの段階で初めて「身についた」とも言えるでしょう

 

 ④ 最も深い理解の段階は、自分に出来ることを人様にも出来るようにして差し上げて「分かった」と感じることです。自分だけが出来るのでは、リーダーや指導者としての価値がないと言っても良いでしょう。人様に伝えるには、自分のなかで身につけたことが整理されていなければいけないでしょう。自分一人では出来るのに人様には伝えられない状態は、自分の中で整理がなされていないか、もしくは整理が十分になされていないときに生じるものでしょう。

 

  今後の教訓として言うのであれば、今からの経営者やトップリーダーは、上の四つの「分かった」の基準では、③か④の段階の人であってほしいと思います。したがって、知識や情報を得ただけで分かった様な顔をする指導者や部下に対しては、厳しく接してほしいと思います。

 

  もしそれが実現すれば、企業の組織風土が良い方に変わって行くと思われます。仕事面でも厳しさがピリッと感じられるため、業績も向上するものと推察されます。

 

 「分かった」という基準が低い人は、何事においても簡単に「分かった」と感じますので、それ以上深く掘り下げたり、身につくまで努力したり訓練したりはしないものでしょう。知的には優れているはずなのに、何一つ身につかない人などは良い例になるでしょう。

 

また基準が低い人で「分かっている」と思う人には、それ以上何も入っていかないのも事実になります。その人の能力はストップしたままで、将来の進歩はないと言ってもよいでしょう。

 

逆に「分かった」という基準が高い人は、常に「どうしても、いまいち、まだ良く分かっていない」というフラストレーションと呼べばよいのか、欲求不満を抱えているはずです。「もっともっと深く分かりたい」という心から願い望む気持ちと、「どうしても、これ以上良く分からない」ことへのストレスによって、分かる努力を継続するため、最後には深い理解を得るようになることでしょう

 

  また組織の中では、一見すると「分かりました」と愛想良く言う人の方が周りには良く見えますよね。しかし、それは「分かった」の基準が低いだけの可能性があります。すぐに「分かりました」と言わない人は、無愛想に見えても、「分かりました」の基準が高いのかもしれませんね?

 

 さて、みなさん、今回のコラムの内容は「分かりました」でしょうか?

 

(次回に続きます)

 

 

 

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