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    山口一道

    Author:山口一道
    山口経営コンサルタント事務所 代表
    YMCグループ 代表理事

    長崎大学経済学部卒
    経営コンサルタント業歴35年
    リーダーシップをはじめ幅広いテーマに対応 
    リーダーのあり方に警鐘を鳴らし、若手経営者の育成に力を注いでいます。

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2011/01/15(Sat)

(No.89) 人間いかに生くべきか?(3/3)

 それから数10年を経たわけでありますが、人間共通のテーマとして人生運命という領域で私なりに探究した結果、次の言葉の意味や意義や価値が少しわかった様な気がいたします。
 
 それは、①天命、②与命、③使命、④知命、⑤立命、⑥運命であります。東洋に生きているため、どうしても東洋哲学、東洋思想が中心になるのは仕方のないことでしょうが、簡単に一つずつ説明したいと思います。

天命とは。
 人間は誰でも天の命令や働きでこの世に生と命を受けている。宇宙の無限大の力、宇宙のエネルギーで生命をさずかっているの意です。

与命とは。
 天から自分に与えられた命に気付くこと。誰一人として自分の意志と力で、この地上に生を受けた者はいない。よって与えられた命である。それを与命という。肉体の誕生である。親は両親である。時間軸をさかのぼれば無数のご先祖様との連綿としたつながりに気付くものです。

使命とは。
 よって自分では知るよしもない、何等かの役割や務めが自分自身に課せられて与えられている。私達は一回限りの人生のプロセスで、「私は何に命を使うのか?」「命を捧げる対象は一体何か?」この概念が使命(観)であり、一人一人の人生の大テーマであります。
 
 この使命は、若い年頃では難度が高く、言葉としての理解は可能だが“学知”のレベルにすぎない。人生を折り返す頃に気付いたり悟ったりができて“覚知”の本格的に使命がわかったレベルに向上する。感性にて悟る、体で感じる、魂が感じる状態。第二の誕生(魂の誕生・志の誕生)という。(当経営コラム№31参照)肉体の親と違い、魂の誕生の親はその人の真の師であるでしょう。

知命とは。
 自分で、自分に与えられた天命、与命、使命に気付き、感じることを知命という。孔子は五十にして天命を知る(知命)と述べている。ちなみに十有五は“志学”、三十は“而立”、四十は“不惑”、五十は“知命”、六十は“耳順”、七十は“従心”と語り七十三才で没する。
 
 易経には、「楽天知命、故に憂えず」との名言も残っている。これは、「天命を信じるが故に天命を楽しむ。その心構えができた時に人の憂いはなくなりますよ」との意味です。この心境まで達観できれば、最高でしょう。

立命とは。
 人生とは最初から運命は決まっているという宿命を訪ね歩くものではなく、自らの意志で運命を打ち立てることを立命という。努力次第で千変万化・創造できるのが人生であると教えるのが立命観です。

運命とは。
 命を運ぶと書き、常に活動して動いて変化して止まらないものをいう。「命」は必然で絶対的なもので人間のわがままを許さないもの。「因果の理法」を含んでいる。この理法を「数」といい、命数・命理・数理ともいいます。

 最後にまとめますと①~⑥の6つの命を通じて、「命」を探究し我々の「人生をいかに生きるべきか」の行動実践としての学問となって行きました。これを2500年以前から探求され体系となったものを「人間学」といいます。義理の学、義命の学ともいいます。

 「人間学」では「修己修身」「修己治人」「修己知命」「楽天知命」等がメインのテーマであります。なるべく人生の早い時期に「人間学」にふれられて、自己の人間観・人生観・宇宙観を確立なさる道具となさることを提言したいと存じます。私の反省をふまえまして・・・・。
 
 人はいつかは必ず鉄と同じようにサビついて切れなくなる時がやってきます。今はピカピカでサビついてなくても、いつかはおとずれるものであります。よって、心を研(磨)くための道具(砥石)がどうしても必要であります。
 
 21世紀は物質面より人間系を中心とした学問が主流になりつつあるのを少しずつではありますが感じております。

 今回のテーマは、私自身にとっても大きすぎて、深すぎてまだまだ探求中であり、生涯を通しての大テーマであります。皆さんとご一緒に探求していきたいと念じております。
 
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